第1話 連合王国の慈悲と監獄島
南の大国、連合王国。
その王都にある王城の一室で、モルトケ家の一行は「歓迎」を受けていた。
ただし、そこにこの国の主である国王の姿はない。
大理石のテーブルの向こうで、白豚のように肥え太った男が、慇懃無礼な態度で座っていた。
連合王国財務大臣、ギルバート公爵。
議会派の筆頭であり、実質的にこの国の財布を握る男だ。
「……やあやあ、ソフィア様。お久しぶりですな」
ギルバートは、わざとらしく困った顔を作ってみせた。
「本来なら国王陛下が直々にお迎えすべきところですが、あいにくと『過労』でしてな。……残念ながら、私が対応させていただきます」
ソフィアは扇子を開き、静かに微笑んだ。
(どうやら、王には会わせてもらえないようですわね。帝国を刺激したくない議会派が、国王を遠ざけているのでしょう。)
「ええ、ギルバート公。お会いできて光栄ですわ。……して、我が民の受け入れの件ですが」
「ああ、その件ですがね」
ギルバートは、厄介そうに地図を広げた。
「陛下は『3万の民を路頭に迷わせるな』と仰せでした。我々も陛下の慈悲深いご命令には逆らえません。……ですが、現実問題として本土に3万人もの武装集団を置く場所などありませんぞ? 食料も、住居も、仕事もない」
それは正論だった。
突然3万人の難民が押し寄せれば、治安も経済も崩壊する。
ハインリヒが身を乗り出す。
「……承知している。我々は、荒地でも構わないです。民が雨風を凌げ、開墾できる土地さえあればいい。……どうか、場所を貸していただきたい」
英雄と名高いハインリヒが、頭を下げる。
それを見たギルバートは、優越感に浸りながら、地図の隅を指差した。
「そこまで仰るなら、一箇所だけ……皆様をまとめて受け入れられる場所があります」
彼が指差したのは、本土から遠く離れた絶海の孤島。
地図の隅に描かれた、豆粒のような島だった。
「『監獄島・サルガッソ』。……かつて重罪人を流した島ですが、ここなら広さは十分。誰にも邪魔されずにお暮しいただけます」
「……監獄島、か」
ハインリヒが唸る。
良い場所とは言えない。だが、今のモルトケ家に選り好みできる立場ではない。
何より、3万人をバラバラにされず、モルトケ家として存続できること自体、奇跡に近い好条件でもあった。
「……ギルバート殿。そこをお借りする場合、我々への支援は?」
「ありませんな。我が国の予算はカツカツでしてね。……その島で自給自足していただくことになります」
ハインリヒは拳を握りしめた。
「……お父様」
その時、アンジェリカがそっと父の袖を引いた。
ハインリヒが振り返ると、娘は地図を凝視しながら、微かに――本当に微かに、笑みを浮かべていた。
(……お父様、受けましょう。これは『当たり』です。本土からの監視がない。関税もかからない。そして、資源はある。)
アンジェリカの目は輝いていた。
娘の意図を察したハインリヒは、一つ深呼吸をして、ギルバートに向き直った。
「……分かった。その島をお借りしたい」
「おお! 分かっていただけましたか!」
ギルバートが満面の笑みを浮かべる。厄介払いが成功したからだ。
「ですが、一つだけ条件……いえ、確認をさせていただきたい」
ここで、アンジェリカが進み出た。
手には、即席で書き上げた羊皮紙の覚書きがある。
「ギルバート閣下。……『島の開発と運営に関する全権』をモルトケ家に一任していただきたいのです」
「全権?」
「はい。開拓のために木を切り、穴を掘り、何を作ろうとも、本国はそれらに口を出さない……という確認です。でないと、スムーズな開拓ができませんので」
アンジェリカは、あくまで「事務的な確認」という態度を崩さない。
ギルバートは鼻で笑った。
「カカカッ! 構いませんとも! あんな岩山、好きに掘り返すがいい! イチイチ報告などいらんよ」
「ありがとうございます。……では、その旨をここにサインいただけますか? 後で『勝手なことをした』と揉めるのは、お互いに不本意でしょうから」
アンジェリカは、ニコニコと笑いながらペンを差し出した。
ギルバートは疑いもせず、サインをした。
彼にとっては「面倒な報告書を読む手間が省けた」程度のことだ。
「……感謝いたします、ギルバート閣下」
アンジェリカは契約書を大切にしまい込むと、完璧なカーテシーをした。
それは、愚かな為政者への皮肉ではなく、純粋な感謝だったかもしれない。
「では、我々は行きます。……3万の民と共に」
ハインリヒとアンジェリカは、堂々と部屋を後にした。
彼らは、この連合国で自分たちの城を作る場所を勝ち取ったのだ。




