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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢は、王都の混乱を他所に一族と領民の生存戦略を画策する~  作者: 薄氷薄明
【第2章】

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第1話 連合王国の慈悲と監獄島




 南の大国、連合王国ユナイテッド・キングダム


 その王都(おうと)にある王城(おうじょう)の一室で、モルトケ家の一行は「歓迎」を受けていた。


 ただし、そこにこの国の(あるじ)である国王の姿はない。


 大理石(だいりせき)のテーブルの向こうで、白豚のように()え太った男が、慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度で座っていた。


 連合王国財務大臣(ざいむだいじん)、ギルバート公爵(こうしゃく)


 議会派(ぎかいは)の筆頭であり、実質的にこの国の財布を握る男だ。


「……やあやあ、ソフィア様。お久しぶりですな」


 ギルバートは、わざとらしく困った顔を作ってみせた。


「本来なら国王陛下が直々にお迎えすべきところですが、あいにくと『過労(かろう)』でしてな。……残念ながら、私が対応させていただきます」


 ソフィアは扇子(せんす)を開き、静かに微笑んだ。


 (どうやら、()には会わせてもらえないようですわね。帝国を刺激したくない議会派が、国王を遠ざけているのでしょう。)


「ええ、ギルバート公。お会いできて光栄ですわ。……して、我が民の受け入れの件ですが」


「ああ、その件ですがね」


 ギルバートは、厄介(やっかい)そうに地図を広げた。


「陛下は『3万の民を路頭(ろとう)に迷わせるな』と仰せでした。我々も陛下の慈悲深いご命令には逆らえません。……ですが、現実問題として本土に3万人もの武装集団を置く場所などありませんぞ? 食料も、住居も、仕事もない」


 それは正論(せいろん)だった。


 突然3万人の難民が押し寄せれば、治安も経済も崩壊する。


 ハインリヒが身を乗り出す。


「……承知している。我々は、荒地(あれち)でも構わないです。民が雨風を凌げ、開墾(かいこん)できる土地さえあればいい。……どうか、場所を貸していただきたい」


 英雄と名高いハインリヒが、頭を下げる。


 それを見たギルバートは、優越感に浸りながら、地図の隅を指差した。


「そこまで仰るなら、一箇所だけ……皆様をまとめて受け入れられる場所があります」


 彼が指差したのは、本土から遠く離れた絶海(ぜっかい)孤島(ことう)


 地図の隅に描かれた、豆粒のような島だった。


「『監獄島(かんごくとう)・サルガッソ』。……かつて重罪人を流した島ですが、ここなら広さは十分。誰にも邪魔されずにお暮しいただけます」


「……監獄島、か」


 ハインリヒが唸る。


 良い場所とは言えない。だが、今のモルトケ家に選り好みできる立場ではない。


 何より、3万人をバラバラにされず、モルトケ家として存続できること自体、奇跡に近い好条件でもあった。


「……ギルバート殿。そこをお借りする場合、我々への支援は?」


「ありませんな。我が国の予算はカツカツでしてね。……その島で自給自足(じきゅうじそく)していただくことになります」


 ハインリヒは拳を握りしめた。


「……お父様」


 その時、アンジェリカがそっと父の袖を引いた。


 ハインリヒが振り返ると、娘は地図を凝視(ぎょうし)しながら、微かに――本当に微かに、笑みを浮かべていた。


(……お父様、受けましょう。これは『当たり』です。本土からの監視がない。関税もかからない。そして、資源はある。)


 アンジェリカの目は輝いていた。


 娘の意図を察したハインリヒは、一つ深呼吸をして、ギルバートに向き直った。


「……分かった。その島をお借りしたい」


「おお! 分かっていただけましたか!」


 ギルバートが満面の笑みを浮かべる。厄介払いが成功したからだ。


「ですが、一つだけ条件……いえ、確認をさせていただきたい」


 ここで、アンジェリカが進み出た。


 手には、即席で書き上げた羊皮紙の覚書(おぼえが)きがある。


「ギルバート閣下。……『島の開発と運営に関する全権(ぜんけん)』をモルトケ家に一任していただきたいのです」


「全権?」


「はい。開拓のために木を切り、穴を掘り、何を作ろうとも、本国はそれらに口を出さない……という確認です。でないと、スムーズな開拓ができませんので」


 アンジェリカは、あくまで「事務的な確認」という態度を崩さない。


 ギルバートは鼻で笑った。


「カカカッ! 構いませんとも! あんな岩山、好きに掘り返すがいい! イチイチ報告などいらんよ」


「ありがとうございます。……では、その旨をここにサインいただけますか? 後で『勝手なことをした』と揉めるのは、お互いに不本意でしょうから」


 アンジェリカは、ニコニコと笑いながらペンを差し出した。


 ギルバートは疑いもせず、サインをした。

 彼にとっては「面倒な報告書を読む手間が省けた」程度のことだ。


「……感謝いたします、ギルバート閣下」


 アンジェリカは契約書を大切にしまい込むと、完璧なカーテシーをした。


 それは、愚かな為政者への皮肉ではなく、純粋な感謝だったかもしれない。


「では、我々は行きます。……3万の民と共に」


 ハインリヒとアンジェリカは、堂々と部屋を後にした。


 彼らは、この連合国で自分たちの城を作る場所を勝ち取ったのだ。




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