第12話 海賊との契約と大陸還り
港湾都市ベルゲン。
南の海に面した美しい白亜の街は今、黒い煙と暴力に包まれていた。
南方の第三勢力『群島連合』――通称、海賊艦隊が街を占拠し、略奪の限りを尽くしていたからだ。
「ヒャハハハ! 奪え奪え! 金目の物は全部船に積め!」
「女も連れて行け! 抵抗する奴は海に放り込め!」
港には、五十隻を超える大型ガレオン船が停泊している。
海賊船長ゴッツォは、広場に積み上げられた財宝の山を見て、金歯を剥き出しにして笑っていた。
「大漁だぜ! 王国の軍隊は北の帝国に釘付けだ。ここには誰も来ねぇ!」
だが、その余裕は一瞬で消し飛んだ。
ズズズズズ……!
北の街道から、地響きと共に「それ」が現れたからだ。
「な、なんだぁありゃ!?」
海賊たちが目を剥く。
現れたのは、巨大な魔獣の骨と皮で装甲された、異形の車列。
泥だらけの武装集団。
そして、先頭には「飛竜の首」を槍に突き刺した、筋骨隆々の男たち(元農民)。
大行軍を走破した、モルトケ軍三万の到着である。
「て、敵襲ッ! ……帝国軍か!? いや、旗が違うぞ!」
「『剣と薔薇』……モルトケ辺境伯だ!」
ゴッツォが叫ぶ。
海賊たちは慌てて武器を構え、港への道を塞いだ。
「止まれェッ! ここは俺たち『群島連合』の縄張りだ! 一歩でも近づいてみろ、人質を殺すぞ!」
ゴッツォが捕らえていた人に剣を突きつける。
だが、装甲馬車の上から見下ろすハインリヒは、眉一つ動かさなかった。
「……やかましい雑魚だ。どけ、船が必要なんだ」
ハインリヒの一言と共に、隊列から二十門の魔導砲が鎌首をもたげる。
さらに、三千の銃兵が一斉に照準を合わせた。
「ひぃっ!? な、なんだあの数は!?」
「それに、あの馬車……ワニの皮か!? 化け物じゃねぇか!」
海賊たちが怯む。
海の荒くれ者といえど、ドラゴンを食って強くなった陸の野獣たちとは、生物としての格が違っていた。
そこへ、一台の豪華な馬車(亀の甲羅製)が進み出る。
扉が開き、降り立ったのは――アンジェリカと、母ソフィアだった。
「お父様、少しお待ちを。……船を沈めてしまっては、元も子もありません」
ソフィアは優雅に扇子を開き、海賊船長ゴッツォの前に進み出た。
その背後には、マクシミリアンが杖を構え、いつでも雷撃を放てる態勢で控えている。
「あ? なんだこの女は? 俺と交渉しようってか?」
ゴッツォが舐めるような視線を向ける。
だが、ソフィアは海風に金髪をなびかせ、冷然と言い放った。
「お黙りなさい、海のハイエナ。……貴方たちが乗っているその船、どこの造船所で作られたものかしら?」
「あ? 南の『連合王国』製だが……」
「そう。その連合王国の王家の紋章……見覚えがおあり?」
ソフィアが懐から、黄金の獅子が彫られた短剣を取り出し、掲げて見せた。
それは、海の男なら誰もが知る、南の大国の象徴だ。
「な……ッ!? れ、連合王国の王家……だと!?」
ゴッツォが膝から崩れ落ちそうになる。
群島連合にとって、南の連合王国は最大の取引先であり、その海軍は絶対に怒らせてはいけない「海の支配者」だ。
「貴方も昔、噂を聞いたことがあるでしょう? 連合王国のおてんば第三王女……」
ソフィアはニッコリと微笑んだ。それは、女神のように美しく、悪魔のように恐ろしい笑顔だった。
「……そして今は、現国王の実妹。それが、私よ」
「げ、現国王陛下の……い、妹君ッ!?」
海賊たちが青ざめる。
手を出せば、世界最強の連合王国海軍が血眼になって報復に来る。詰みだ。
「さて、単刀直入に言いますわ。貴方たちの船、全て私たちが『チャーター(貸切)』します。……拒否権はありません」
「そ、そんな無茶な! 俺たちの商売あがったりだ!」
「あら、悪い話ではありませんわよ?」
ここで、アンジェリカが分厚い契約書を差し出した。
「船長さん。貴方たちは今、この街で略奪した財宝を持っていますね? ……でも、それをどこで売るのですか? この国はもうすぐ帝国に占領され、南の海は戦場になります。盗品をさばくルートは全て封鎖されますよ?」
さらに、アンジェリカは畳み掛ける。
「私たちを対岸の『連合王国』まで運べば、お母様のコネで、その財宝を正規のルートで換金する許可を与えます。さらに、我がモルトケ家は、貴方たちを『専属輸送業者』として雇います」
「専属……?」
「ええ。今後、我々は南で新たな事業を始めます。そこで発生する莫大な軍需物資の輸送権。……帝国に追われる海賊稼業より、よほど儲かると思いませんか?」
飴と鞭。
圧倒的な武力(鞭)と、王家のコネ&利益(飴)。
海賊船長ゴッツォの脳内で、そろばんが弾かれた。
ここで戦って全滅するか、それともこの化け物たちと手を組んで大金持ちになるか。答えは明白だ。
「……へ、へへっ。流石は連合王国の姫様と、その娘さんだ」
ゴッツォは剣を捨て、揉み手をして擦り寄った。
「分かりやした! 俺たちゃ『群島連合』改め、『モルトケ海運』だ! お客様、どこへでもお運びしやすぜ!」
「「「オオォォォッ!!」」」
交渉成立。
モルトケ軍は、一滴の血も流すことなく、五十隻の大型船という「足」を手に入れたのだ。
***
「急げ! 帝国軍が来るぞ!」
「荷物は積み込むな! 人と食料が最優先だ!」
港はごった返していた。
三万人の領民と兵士が、次々と船に乗り込んでいく。
あの頼もしい改造馬車も解体され、資材として積み込まれた。
そして、最後の兵士が乗船し、碇が上げられたその時。
ブォォォォォォ……!
北の丘陵地帯に、無数の軍旗が現れた。
地平線を埋め尽くす十万の軍勢。
帝国軍の本隊が、ついに到着したのだ。
「遅かったな、帝国!」
旗艦の甲板で、ハインリヒが高らかに笑う。
帝国軍が港に雪崩れ込んだ時には、モルトケ艦隊はすでに沖合へ出ていた。
大砲の射程外。
帝国兵たちは、地団駄を踏んで悔しがることしかできない。
「……勝ちましたね、お父様」
アンジェリカは、遠ざかる故郷の大地を見つめた。
黒い煙が上がっている。自分たちが焼いた故郷だ。
「ああ。……だが、これは撤退ではない」
ハインリヒは、娘の肩を抱き、力強く言った。
「これは出航だ。……我々は力を得て、必ず戻ってくる」
甲板には、マクシミリアン、母ソフィア、アラン、ガンツ、そして職人のガレンや護衛たちが並んでいる。
三万の民も、誰も泣いてはいなかった。
彼らの目は、海の向こうにある新天地と、未来の勝利を見据えていた。
風が吹く。
モルトケ家の紋章旗が、海風にはためく。
――こうして、王国史上類を見ない「大脱出」は成功した。




