第11話 天空の資源と対空散弾
南の平原を疾走するモルトケ軍の大車列。
海まであと十キロ。
だが、その行く手を阻むように、上空から死の影が舞い降りた。
帝国軍・第三竜騎士団。
飛竜に跨った空の精鋭、五十騎。
彼らは上空で旋回しながら、眼下の獲物を嘲笑っていた。
「隊長! 見ろよ、あのノロノロした馬車の列を!」
「ネズミの大移動か。……哀れだな、遮蔽物のない平原で我々に遭うとは」
竜騎士団の隊長が、ランスを振り下ろした。
「よし、急降下爆撃だ! 火炎瓶を落として焼き払え! 恐怖に逃げ惑う姿を楽しもうぜ!」
キィェェェェッ!!
飛竜たちが金切り声を上げ、一斉に急降下を開始した。
時速二百キロを超える突撃。
通常、歩兵が空中の敵を撃ち落とすことは不可能だ。弓矢は届かず、魔法使いの詠唱は間に合わない。
一方的な殺戮になるはずだった。
***
「……来ました。角度45度、速度250」
地上の指揮車の上で、アンジェリカは冷静に風速計を見ていた。
隣には、魔力切れで青白い顔をしたマクシミリアンが座り込んでいる。
「悪いなアンジェリカ……。さっきの門破壊でガス欠だ。対空魔法は撃てないぞ」
「構いません、お兄様。……貴重な魔力を使うまでもありません」
アンジェリカは通信機に向かって告げた。
「総員、対空戦闘用意。……『三式弾』、装填」
その号令と共に、荷馬車の幌が一斉に剥ぎ取られた。
現れたのは、空に向けられた二十門の魔導砲だ。
だが、装填されているのは、いつもの徹甲弾ではない。
「……引きつけなさい。欲をかいた彼らが、確実に網にかかる距離まで」
上空500。
上空300。
竜騎士たちは、地上からの反撃がないと見て、完全に舐めきっていた。
「へっ! ビビって動けねぇのか! 燃えちまえ!」
先頭の飛竜が口を開き、火炎を吐こうとした、その瞬間。
父ハインリヒが、軍刀を振り下ろした。
「……堕とせッ!!」
ズドドドドドドォォォンッ!!
二十門の魔導砲が、真上に向けて一斉に火を噴いた。
放たれたのは、薄い金属缶に詰められた、数千個の鉛玉――『散弾』だ。
砲口を飛び出した瞬間、缶が破裂し、何万もの鉄球が散弾銃のように空へ広がった。
それは、空中に「鉄の壁」を一瞬で作る兵器だ。
ギャァァァァァッ!!
回避不可能な弾幕に突っ込んだ飛竜たちが、悲鳴を上げる。
鉄球は、硬い鱗は貫けずとも、飛ぶために薄く柔らかい「翼の皮膜」をボロ雑巾のように引き裂いた。
「な、なんだ!? 翼が……穴だらけに!?」
「落ちる! 制御不能だァァァッ!」
翼を失った飛竜は、ただの重いトカゲだ。
一騎、また一騎と、きりもみ回転しながら地面へ墜落していく。
「次! ライフル隊、構え!」
墜落した竜騎士たちを待っていたのは、地上に展開した三千の銃兵隊だった。
彼らは地面に寝転がり、あるいは馬車の車輪を支えにして、空を見上げている。
「狙わなくていい! 空に向かって弾の雨を降らせろ! ……弾幕射撃ッ!」
バババババババッ!!
轟音と共に、空が白く染まる。
低空を飛んでいた残りの飛竜たちも、下からの十字砲火を浴びて蜂の巣にされた。
「ば、馬鹿な……! 最強の空軍が、歩兵ごときに!?」
奇跡的に不時着した竜騎士の隊長が、瓦礫の中で呆然と呟く。
だが、彼の悪夢はここからだった。
草むらから、ゆらりと人影が現れる。
モルトケ軍の領民たちだ。
彼らの目は、恐怖ではなく、食欲と物欲に輝いていた。
「おい見ろ! 飛竜だ! 上物だぞ!」
「皮だ! あの皮があれば、もっといいテントが作れる!」
「肉だーッ! 今夜はドラゴンステーキだーッ!」
どっと押し寄せる領民たち。
手には包丁、斧、そして解体用のノコギリ。
過酷な行軍と魔獣狩りを経てきた彼らにとって、空から落ちてきた竜は、ただの高級食材のデリバリーでしかなかった。
「ひ、ひぃぃぃっ!? や、やめろ! 俺は帝国の騎士だぞ!?」
「知るか! 邪魔だ、そこをどけ!」
隊長は突き飛ばされ、愛竜があっという間に解体されていく。
翼はテントの補修材に、骨はスープの出汁に、牙は子供のお守りに。
最強の生物兵器が、わずか数分で「生活必需品」へと変わっていく様は、ある種のホラーだった。
「……たくましいな、我が軍は」
ハインリヒが、呆れたように、しかし満足げに笑う。
そんな父にアンジェリカも微笑む。
「ええ。飛竜の肝は高値で売れます。……弾薬費の元は取れましたね」
そして、護衛のブルーノが巨大な飛竜の首を引きずってくる。
「お嬢! 一番脂の乗った尻尾の肉、確保しました! 今夜はこれでバーベキューです!」
「ありがとう、ブルーノ。……ロベルト、香草焼きにできる?」
「お任せを。……竜肉は少し臭みがありますが、ワインで煮込めば極上になります」
ロベルトが優雅にナイフを研ぐ。
その光景を見て、捕虜となった竜騎士隊長はガクガクと震え、アラン隊長は遠い目をした。
***
空の脅威を「美味しく」いただいたモルトケ軍は、士気も満腹度も最高潮で進軍を再開した。
そして夕刻。
ついに彼らの視界に、広大な海と、その沿岸に栄える白い石造りの街が見えてきた。
南の港湾都市『ベルゲン』。
かつては貿易で栄えた自由都市だが、今は――。
「……あれは?」
ハインリヒが目を細める。
港には、無数の船が停泊していた。
だが、商船ではない。
マストに掲げられているのは、髑髏と剣を交差させた、禍々《まがまが》しい旗。
「……海賊ですね」
アンジェリカが呻くように言った。
「南の第三勢力、『群島連合』……。すでに街を占拠しているようです」
前門の海賊、後門の帝国軍。
だが、今のモルトケ軍に悲壮感はない。
「海賊か。……船を持ってるんだよな?」
マクシミリアンがニヤリと笑う。
「ちょうどいい。俺たち三万人を運ぶ『足』がなくて困ってたんだ」
アンジェリカもまた、扇子を開いて口元を隠した。
「ええ。……交渉しましょう。彼らの船を譲っていただくために」
今回の行軍を乗り越えた彼らにとって、海賊など新たな資源提供者に過ぎなかった。




