スライム相手に空振り十回(前半)
帝都インペリア、その繁栄を影で支える巨大な地下下水道。 新駆けの冒険者に与えられる最初の仕事は、往々にして汚臭と泥にまみれたものだ。エリカの手には、ギルドから貸与された「錆びかけの鉄剣」が握られていた。
「いいか、エリカ。冒険者の基本は『必中』だ。どんなに威力があっても、風を切るだけじゃ、魔物は笑い死にもしてくれねえぜ?」
マーカスが、腰に下げた高級そうな(だが刃毀れした)長剣をチャラつかせながら先頭を歩く。彼は先ほど、オズワルドから「借金の連帯保証人」に無理やり指名され、泣きながらこの依頼に同行していた。
「わかってます! 当てればいいんでしょ、当てれば!」 「……エリカさん、剣の持ち方が逆です。あと、その……殺気が漏れすぎて、スライムたちが怯えて逃げています」
リノの指摘通り、エリカの周囲からは「腹が減った、絶対に仕留める」という、およそ少女らしからぬ凄まじい圧力が放たれていた。 やがて、通路の角に三体のスライムが溜まっているのを発見する。
「よし、あいつらだ! 初勝利を捧げるよ、リノ!」 エリカが突撃する。一歩、二歩、地面を蹴るたびに石畳がミシリと鳴る。 「はああああああっ!」
――一回目。 大きく振りかぶった鉄剣は、スライムの頭上を虚しく通り過ぎ、背後のレンガ壁に激突した。 ドゴォォォォン!! 壁が大きく陥没し、破片が四散する。スライムは震えながら、一センチほど横に移動して難を逃れた。
「……惜しい! 今のは風が当たったはず!」 「エリカさん、壁を壊さないでください! 賠償金が増えます!」
――二回目、空振り。 ――三回目、空振り。 ――四回目。 あまりに当たらないことに腹を立てたエリカが、剣を捨てて拳を突き出す。スライムは波打つような動きでそれを躱し、エリカの拳は下水の水面を叩いた。
ドパァァァァン!!
爆発したかのように水柱が上がり、マーカスとリノが頭から下水を浴びる。 「……おい。これ、どっちが魔物か分かんねえな」 マーカスが顔を拭いながら呆れ果てる中、エリカの呼吸は激しくなり、瞳に宿る魔力が契約の絆を通じてリノから強制的に吸い上げられていく。
「……次だ。次で絶対に、肉にする……!」 命中率「2」の宿命か。エリカが力を込めれば込めるほど、攻撃の軌道は物理法則を無視したかのように獲物を避けていく。
そして訪れた、五度目の攻撃。 エリカが大きく足を踏み出し、滑った。




