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空振り美食道〜大根一本で魔王と勇者を飼い慣らすまで〜  作者: 向陽葵
【第3部:魔王の裏庭と、禁断の大根編】

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89/90

銀河の闇を煮込む:エリカ、宇宙の調理師へ(後半)

「……みんな。……美味しいの、届くよ」


 エリカは、黄金色に輝く月面クレーター鍋の縁に立った。  『大根丸』の刀身は、星喰い虫と月面大根が融合した究極の出汁を吸い込み、透明な琥珀色の輝きを放っている。


「エリカ殿、我らの魔力と聖力、そして月の加護……すべてを貴殿の『空振り』に捧げるぞ!」  魔王、勇者、守護神が背後に並び、全エネルギーをエリカの一振りに集中させる。


「……はぁぁぁぁぁっ!!」


 ――一回目、二回目、三回目、四回目。  エリカの空振りが、宇宙の静寂を音楽へと変えていく。  命中率「2」。彼女の剣は、決して世界を傷つけない。  しかし、その振動は銀河の隅々まで行き渡り、クレーターから溢れ出した「究極の味」を、光子フォトンの一粒一粒にまで刻み込んでいく。


「……最後。……世界中の、お腹ぺこぺこさんに……届けッ!!」


 五度目の空振り。  それは、ビッグバン以来の衝撃波となって全宇宙へ広がった。


 ドォォォォォォォォォォン!!!


 その瞬間、帝都で飢えていた子供も、魔界の片隅で震えていた魔物も、遠く離れた星系で戦っていた兵士たちも、等しく「最高に美味しいおでん」の味を脳裏に、そして魂に直接感じ取った。    憎しみは満腹感に、絶望は温かな出汁の香りに上書きされる。  宇宙から「空腹」という概念が一時的に消滅した、奇跡の瞬間だった。


「……ふぅ。……おしまい。……大根さん、みんなを幸せにしてくれて、ありがとう」


 エリカは満足そうに微笑み、ボロボロになったリヤカーの荷台に腰を下ろした。


 数日後。  エリカたちは再び、帝都の静かな裏通りにいた。  月面から持ち帰った「小さな大根の種」を、空き地の土にそっと埋めながら。


「エリカさん。魔王様も勇者様も、みんな自分の居場所に帰っていきましたね。……結局、私たちには何が残ったんでしょうか?」  リノが尋ねる。手元には、もう一銭の借金も書かれていない、真っ白な帳簿。


「……これ。……一番、美味しい大根さん」


 エリカが指差した先。  植えたばかりの土から、小さな、本当に小さな双葉がひょっこりと顔を出していた。    それは月の巨塔でも、深淵の魔大根でもない。  エリカがこれから、自分の手で育て、自分の足で運び、誰かに食べさせてあげるための、ただの「新しい大根」だった。


「……リノ。……お腹、空いた。……今日のご飯、何?」


 リヤカーを引く少女の背中に、夕日が差す。  借金まみれだった少女は、いつの間にか宇宙を救っていた。  けれど、明日も彼女はどこかで「空振り」を放ち、最高の一杯を作るだろう。    そこにお腹を空かせた誰かがいる限り、エリカの美食旅に終わりはない。

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