銀河の闇を煮込む:エリカ、宇宙の調理師へ(後半)
「……みんな。……美味しいの、届くよ」
エリカは、黄金色に輝く月面クレーター鍋の縁に立った。 『大根丸』の刀身は、星喰い虫と月面大根が融合した究極の出汁を吸い込み、透明な琥珀色の輝きを放っている。
「エリカ殿、我らの魔力と聖力、そして月の加護……すべてを貴殿の『空振り』に捧げるぞ!」 魔王、勇者、守護神が背後に並び、全エネルギーをエリカの一振りに集中させる。
「……はぁぁぁぁぁっ!!」
――一回目、二回目、三回目、四回目。 エリカの空振りが、宇宙の静寂を音楽へと変えていく。 命中率「2」。彼女の剣は、決して世界を傷つけない。 しかし、その振動は銀河の隅々まで行き渡り、クレーターから溢れ出した「究極の味」を、光子の一粒一粒にまで刻み込んでいく。
「……最後。……世界中の、お腹ぺこぺこさんに……届けッ!!」
五度目の空振り。 それは、ビッグバン以来の衝撃波となって全宇宙へ広がった。
ドォォォォォォォォォォン!!!
その瞬間、帝都で飢えていた子供も、魔界の片隅で震えていた魔物も、遠く離れた星系で戦っていた兵士たちも、等しく「最高に美味しいおでん」の味を脳裏に、そして魂に直接感じ取った。 憎しみは満腹感に、絶望は温かな出汁の香りに上書きされる。 宇宙から「空腹」という概念が一時的に消滅した、奇跡の瞬間だった。
「……ふぅ。……おしまい。……大根さん、みんなを幸せにしてくれて、ありがとう」
エリカは満足そうに微笑み、ボロボロになったリヤカーの荷台に腰を下ろした。
数日後。 エリカたちは再び、帝都の静かな裏通りにいた。 月面から持ち帰った「小さな大根の種」を、空き地の土にそっと埋めながら。
「エリカさん。魔王様も勇者様も、みんな自分の居場所に帰っていきましたね。……結局、私たちには何が残ったんでしょうか?」 リノが尋ねる。手元には、もう一銭の借金も書かれていない、真っ白な帳簿。
「……これ。……一番、美味しい大根さん」
エリカが指差した先。 植えたばかりの土から、小さな、本当に小さな双葉がひょっこりと顔を出していた。 それは月の巨塔でも、深淵の魔大根でもない。 エリカがこれから、自分の手で育て、自分の足で運び、誰かに食べさせてあげるための、ただの「新しい大根」だった。
「……リノ。……お腹、空いた。……今日のご飯、何?」
リヤカーを引く少女の背中に、夕日が差す。 借金まみれだった少女は、いつの間にか宇宙を救っていた。 けれど、明日も彼女はどこかで「空振り」を放ち、最高の一杯を作るだろう。 そこにお腹を空かせた誰かがいる限り、エリカの美食旅に終わりはない。




