重力の空振り:リヤカー、星の海へ(前半)
「……みんな、苦しくない? ……空気、空振りで、ここに閉じ込めておいたから」
高度三万メートル。空の色はもはや青ではなく、底知れない闇へと変わっていた。 エリカたちが乗っているのは、魔王が城の尖塔を改造し、勇者の聖剣で補強した、全長五十メートルの『超弩級巨大リヤカー』。その荷台には、エリカが地上から持ち込んだ「漬物石(巨大な黄金の塩の塊)」が鎮座している。
「エリカ殿、間もなく『大気の壁』を抜けるぞ! ここから先は重力の呪縛が解け、我々の魔力も未知の挙動を示すはずだ!」 魔王ベルゼ・ブートが、宇宙服代わりの漆黒の結界を纏いながら叫ぶ。
「……重力。……お相撲さんみたいに、重いんだよね。……じゃあ、投げ飛ばせばいいんだね」
エリカが巨大リヤカーの先端に立ち、虚空を見据えた。 そこには、月の光を浴びて銀色に輝く「宇宙の道」が見えていた。深淵大根の根っこが指し示した、母星へと続く道だ。
「……はぁぁぁぁぁっ!!」
――一回目、空振り。 エリカは、リヤカーが今まさに突入しようとしている「真空の境界」を、手刀で真横に薙いだ。 ドォォォォォォン!!
大気圏外にわずかに残るエーテルが、エリカの空振りによって超圧縮され、巨大な「反重力のクッション」を作り出す。
「二回目、三回目ッ!!」 エリカの連続空振りが、宇宙空間の「無」を叩き、推進力を生み出す。 命中率「2」。星々には一撃も当たらない。 しかし、彼女が「宇宙そのものを空振る」たびに、リヤカーは物理法則を嘲笑うような速度で加速し、背後に青い大地を置き去りにしていく。
「信じられませんわ……真空中で『空振り』を成立させるなんて……! 物理学の教科書が、私の胃袋と一緒に溶けてしまいそうですわ!」 カトリーヌが、宇宙の無重力で浮き上がるトマトを必死に回収しながら叫ぶ。
「……あ。……見て。……月の中に、大きな葉っぱが、見える」
エリカの指差す先。 銀色に輝く月面の一部が、緑色のオーラを放っていた。それは、地上の大根など比較にならないほど巨大な『月面大根』の葉だった。
だが、そのリヤカーの前に、宇宙を漂う巨大な岩石の群れ――小惑星帯が立ちふさがる。
「……お肉を叩くときの、ミートハンマーみたい。……全部、潰して、平らにするね」




