農園の騎士団:聖剣で耕し、魔法で育てる(後半)
「……いい加減になさい! 勇者シグルド、そして魔王! あなた方、帝都の威信をかけて何という……汚らわしい野菜にまみれて……!」
丘の上から現れたのは、金縁の眼鏡を光らせ、真っ白な法衣に身を包んだ女性、カトリーヌ審問官だった。彼女は「野菜は家畜の餌」と公言する帝都一の偏食家であり、その審問(という名の味見)で多くの料理店を潰してきた冷徹な女性だ。
「カ、カトリーヌ様! 違うんです、これは高度な潜入捜査でして……」 「黙りなさい! 私の鼻は誤魔化せませんわ。そこら中に漂う、この……瑞々しくて、甘酸っぱくて、食欲をそそる……忌々しい香りは何ですの!」
カトリーヌの腹が、ぐぅぅぅ、と帝都の鐘のような音を立てた。
「……お姉さん、お腹空いてる。……これ、私の『爆速トマト』。……食べてみる?」
「ふん! 私がそんな、土から生えた不潔な丸い物体を食べるわけ……」
「……四回目。……五回目、空振りッ!!」
エリカはカトリーヌの言葉を待たず、右手のトマトを空中に放り投げた。 ドォォォォォォン!!
空振りの衝撃波が、トマトを押し潰さずに「水分だけ」を瞬時に抽出。同時に、聖剣グラムの余熱を利用した「共振加熱」により、一瞬にして超濃厚なフレッシュトマトソースへと変貌させた。 それは、もはや野菜ではない。完熟した大地のエネルギーを、エリカの空振りが「宝石の液体」へと変えたもの。
「……はい。……スプーン、ないから。……指で、ぺろってして」
「な、なんて失礼な……! あ、あぁ……でも、この香りが、私の理性を……っ」
カトリーヌは抗えず、差し出された黄金のトマトソースを一口、口にした。
――瞬間。 彼女の視界に、帝都の灰色のビル群ではなく、どこまでも続く真っ赤な夕焼けと、大地の鼓動が広がった。
「…………っ!!」
カトリーヌの眼鏡が、あまりの美味さと衝撃でパリンと割れた。 「……何……何ですのこれ……! 雑味が一切ない。トマトの酸味が、喉を通る瞬間に『勇気』に変わる……! 私が今まで食べていたものは、本当に野菜だったの……!?」
「……お姉さん。……おかわり、あるよ。……でも、その前に。……あっちの草むしり、手伝ってくれたら、……もっと美味しいの、あげる」
一時間後。 そこには、高価な法衣の裾を捲り上げ、泥だらけになりながら「この雑草、トマトの養分を奪っていますわ! 許せませんわ!」と叫びながら草を抜くカトリーヌの姿があった。
「……よし。……勇者さんと、魔王さんと、審問官さん。……みんな、私の農園の、大事なスタッフさん」
エリカは満足そうに大根をかじり、空を見上げた。 魔王領は今や、帝都の精鋭をも飲み込む、史上最強の「美食共同体」へと進化を遂げていた。




