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空振り美食道〜大根一本で魔王と勇者を飼い慣らすまで〜  作者: 向陽葵
【第3部:魔王の裏庭と、禁断の大根編】

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79/90

勇者の来襲:聖剣は野菜を切るためにある(後半)

「……わぁ。……この剣、すごく綺麗。……汚れを、全部飛ばしてくれそう」


 エリカは、驚愕で固まったシグルドの手元に、自らの『大根丸』をそっと添えた。  シグルドは叫ぼうとしたが、エリカから発せられる「圧倒的な包容力(という名の食欲)」に圧され、声が出ない。


「……お兄さん、そのまま持ってて。……私が、ちょっと振るから」


「ふ、振る!? 何を……まさか聖剣を奪って僕を斬るつもり――」


「……ううん。……キャベツさんを、美味しくするの」


 エリカはシグルドが構える聖剣の「数ミリ上」で、空手の手刀を振り下ろした。


「――二回目、空振りッ!!」


 ドォォォォォォン!!


 衝撃波が聖剣グラムの刀身を叩き、伝説の金属を一定の周波数で共振させる。  瞬間、聖剣から放たれた『浄化の光』が、エリカがリヤカーから投げ上げた巨大な魔導キャベツを包み込んだ。


「三回目、四回目、ッ!!」


 エリカの連続空振りが、聖剣の光を「刃」の形に成形する。  命中率「2」。聖剣そのものはキャベツに触れない。  しかし、聖剣から漏れ出す光の断片が、空中でキャベツを分子レベルで断裁していった。


 シュバババババッ!!


 空から降ってきたのは、もはや野菜ではなく「光り輝く緑の糸」だった。  一切の雑味が浄化され、魔導キャベツが持つ生命力と甘みだけが凝縮された、究極の千切り。


「……最後。……深淵大根さんのドレッシングを、かけて……完成!」


 五度目の空振りで、エリカは黄金の塩と大根おろしを空中で混ぜ合わせ、光の千切りキャベツの上に均等に霧散させた。


「……はい。……お兄さん。……戦う前に、これ、食べて。……お腹が空いてると、優しくなれないよ」


 シグルドの目の前に差し出された、透き通るようなサラダ。  勇者は呆然と、自分の聖剣を見た。魔王を倒すはずのグラムは、今、人生で最も美しく輝き、その切っ先には一枚のキャベツの破片すら付いていない。


「……これが、僕のグラムで作った……サラダ……?」


 シグルドが恐る恐る一口、その「光」を口に運んだ。


 ――瞬間、彼の脳裏に帝都での厳しい修行や、張り詰めた使命感が、温かい春の風に溶かされていくような感覚が広がった。


「う、美味い……。なんだこれは、魂が洗われるようだ。……僕は……僕は一体、何のために戦おうとしていたんだ……?」


 背後で魔王ベルゼ・ブートが、鍬を杖代わりにしながら笑った。 「はっはっは! 勇者よ、貴様の聖剣も、エリカ殿の空振りの前では最高のスライサーだな! さあ、冷めないうちにこっちへ来い。次はマンモス肉のシチューだぞ!」


 勇者シグルド、帝都への忠誠心よりも先に、胃袋が「魔王領農園」に降伏した瞬間であった。

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