勇者の来襲:聖剣は野菜を切るためにある(後半)
「……わぁ。……この剣、すごく綺麗。……汚れを、全部飛ばしてくれそう」
エリカは、驚愕で固まったシグルドの手元に、自らの『大根丸』をそっと添えた。 シグルドは叫ぼうとしたが、エリカから発せられる「圧倒的な包容力(という名の食欲)」に圧され、声が出ない。
「……お兄さん、そのまま持ってて。……私が、ちょっと振るから」
「ふ、振る!? 何を……まさか聖剣を奪って僕を斬るつもり――」
「……ううん。……キャベツさんを、美味しくするの」
エリカはシグルドが構える聖剣の「数ミリ上」で、空手の手刀を振り下ろした。
「――二回目、空振りッ!!」
ドォォォォォォン!!
衝撃波が聖剣グラムの刀身を叩き、伝説の金属を一定の周波数で共振させる。 瞬間、聖剣から放たれた『浄化の光』が、エリカがリヤカーから投げ上げた巨大な魔導キャベツを包み込んだ。
「三回目、四回目、ッ!!」
エリカの連続空振りが、聖剣の光を「刃」の形に成形する。 命中率「2」。聖剣そのものはキャベツに触れない。 しかし、聖剣から漏れ出す光の断片が、空中でキャベツを分子レベルで断裁していった。
シュバババババッ!!
空から降ってきたのは、もはや野菜ではなく「光り輝く緑の糸」だった。 一切の雑味が浄化され、魔導キャベツが持つ生命力と甘みだけが凝縮された、究極の千切り。
「……最後。……深淵大根さんのドレッシングを、かけて……完成!」
五度目の空振りで、エリカは黄金の塩と大根おろしを空中で混ぜ合わせ、光の千切りキャベツの上に均等に霧散させた。
「……はい。……お兄さん。……戦う前に、これ、食べて。……お腹が空いてると、優しくなれないよ」
シグルドの目の前に差し出された、透き通るようなサラダ。 勇者は呆然と、自分の聖剣を見た。魔王を倒すはずのグラムは、今、人生で最も美しく輝き、その切っ先には一枚のキャベツの破片すら付いていない。
「……これが、僕のグラムで作った……サラダ……?」
シグルドが恐る恐る一口、その「光」を口に運んだ。
――瞬間、彼の脳裏に帝都での厳しい修行や、張り詰めた使命感が、温かい春の風に溶かされていくような感覚が広がった。
「う、美味い……。なんだこれは、魂が洗われるようだ。……僕は……僕は一体、何のために戦おうとしていたんだ……?」
背後で魔王ベルゼ・ブートが、鍬を杖代わりにしながら笑った。 「はっはっは! 勇者よ、貴様の聖剣も、エリカ殿の空振りの前では最高のスライサーだな! さあ、冷めないうちにこっちへ来い。次はマンモス肉のシチューだぞ!」
勇者シグルド、帝都への忠誠心よりも先に、胃袋が「魔王領農園」に降伏した瞬間であった。




