魔王の招待:鍋にするか、おでんにするか(後半)
「……はふ、はふ……っ! ズズッ、ズズズーッ!!」
魔王ベルゼ・ブートに、もはやかつての威厳はなかった。 漆黒の玉座から降り、泥のついた地面に膝をつき、エリカから手渡された木のお椀を両手で大事そうに抱えている。その中には、魔王自身の『終末の業火』で完璧な飴色に煮込まれた『深淵大根』が、静かに湯気を立てていた。
「……あ、熱い……だが、止まらぬ! なんだこれは、この大根の繊維の奥から溢れ出す、暴力的なまでの慈愛は……ッ!」
魔王は夢中で大根を頬張った。 深淵大根が持つ本来の苦みが、エリカの「黄金の塩」と魔王の「業火」によって、濃厚なキャラメルのような甘みへと昇華されている。
「……おじさん、おかわりあるよ。……次は、カボチャさんも入れる?」 エリカが捕獲済みのデス・パンプキンを指差す。カボチャたちは「光栄です!」と言わんばかりに自らヘタを切り落とし、鍋に飛び込んでいった。
「……エリカと言ったか。……私は千年間、この地を統べ、多くの魂を喰らってきた。だが……これほどまでに、腹と心が同時に満たされたのは、初めてだ」
魔王は最後の一滴までスープを飲み干すと、満足そうにふぅと息を吐いた。その吐息はもはや猛毒の霧ではなく、春の陽だまりのような温かさを帯びていた。
「決めたぞ。エリカ! 貴様を我が軍の『最高美食元帥』に任命する! この腐った魔王領を、貴様の空振りで『世界最高の農園』へと変えてみせよ!」
「……え。……公務員? ……お給料、大根でくれるなら、いいよ」
リノとミラが、背後で力なく笑いながら腰を抜かした。 「……魔王様を胃袋で買収しちゃった。……これ、もう冒険じゃなくて、単なる『農業経営』ですよ、エリカさん……」
ザイルは、新しい帳簿の「敵対勢力」の欄に斜線を引き、新たに『筆頭契約農家:魔王ベルゼ・ブート』と書き加えた。
「……よし。……まずは、あっちの暗い森。……全部空振って、畑にするね」
エリカが『大根丸』を振りかぶる。 魔王領に、史上最大の「開墾の空振り」が響き渡ろうとしていた。




