魔王の招待:鍋にするか、おでんにするか(前半)
「……人間よ。我が庭を荒らし、愛犬を骨抜きにした罪……その魂の肉を焼くことで、償わせるとしよう」
空から漆黒の雷鳴と共に舞い降りたのは、頭上に禍々しい角を冠し、深紅の瞳を持つ男――魔王ベルゼ・ブート。彼が放つ『絶望のオーラ』に、リノたちは息を吸うことすらできず、その場に膝をついた。
「ひ、ひぃぃぃ……本物の魔王様だ……! エリカさん、今度こそおしまいです!」 「……え? あ、おじさん、こんにちは。……今、いいところだから、ちょっと待ってて」
エリカは魔王を一瞥もせず、膝の上に乗せた深淵大根に『大根丸』を向けた。 魔王のプライドが、ピキリと音を立てて剥落する。
「……私の言葉を無視したな? 死ね!!」
魔王が指先から、万物を消滅させる暗黒物質『虚無の弾丸』を放った。 だが、エリカはその弾丸が到達する前に、大根の「皮」に向かって剣を振った。
「――一回目、空振りッ!!」
ドォォォォォォン!!
命中率「2」。剣は弾丸にも大根にも当たらない。 しかし、空振りが生み出した「超圧縮された空気の旋回」が、魔王の放った暗黒物質を掃除機のように吸い込み、そのまま後方のデス・パンプキンへと投げ飛ばした。 さらに、その余波で深淵大根の皮が、芸術的な「薄造り」となって宙を舞う。
「……二回目、三回目」
エリカは止まらない。 魔王が次々と放つ魔法の連撃を、すべて「調理のための火種」や「素材の攪拌」のための空振りでいなしていく。 魔王の最強魔法『終末の業火』が放たれた瞬間、エリカはその熱を利用して、鍋の中の出汁を一気に沸騰させた。
「なっ……我が禁忌魔法を、ただの『湯沸かし』に使っただと……!? 貴様、何者だ!!」
「……私は、エリカ。……お腹が空いてる、ただの人間。……おじさん、火加減、ちょうどよかったよ。ありがとう」
エリカは最後に、魔王の鼻先の空間を「優しく」叩いた。 四回目、五回目。 その空振りが、完成したばかりの『深淵大根の地獄煮込み』の香りを、魔王の鼻腔の奥深くまで強制的に送り込んだ。
「…………っ!!」
魔王の瞳から、殺意が消えた。 代わりに溢れ出したのは、千年の孤独を癒やすような、圧倒的な「食欲」の奔流だった。
「……煮えたよ。……おじさんも、一緒に食べる?」




