エピローグ:大根と、青い空の下で
騒動から数日。帝都の空は、どこまでも澄み渡っていた。
かつてエリカが泥を投げつけられて追い出された城門前には、今や「帝都の救世主」を称える看板が掲げられている。もっとも、その本人はそんな名誉には一切興味がないようで、今日も今日とて市場の隅っこでリヤカーを引いていた。
「……ん。……やっぱり、帝都の大根は、土の匂いが優しくて好き」
エリカは、完済の証書をリヤカーの底に敷き(汚さないための敷物として)、新しく手に入れたピカピカの包丁――ではなく、やはり相棒の『大根丸』で、おやつ代わりの大根を剥いていた。
「エリカさん! またそんなところで『空振り』しないでください! 昨日は市場の屋根を三枚飛ばしたって苦情が来たんですからね!」 リノが走り寄り、小言を言いつつも、その手にはエリカのために焼いたばかりのパンが握られていた。
「いいじゃない、リノ。借金はゼロになったんだし、少しくらいの破壊なら私が『必要経費』で落としてあげるわよ」 ミラはザイルから横流しされた(?)高級な果実をリヤカーに放り込み、悪戯っぽく笑う。
「……あ。……ザイルおじさんだ」
通りの向こうから、威厳のある新しい制服を着たザイルが歩いてきた。彼はエリカの前で立ち止まり、一冊の新しい「白紙の帳簿」を開いた。
「エリカ・フェルナンド。貴公の借金は確かに消滅した。……だが、世界の果てには、まだ私の見たこともない『禁断の大根』が存在するという報告がある」
「……禁断の、大根……?」 エリカの瞳に、借金取りに追われていた時よりも鋭い、野生の輝きが宿る。
「西の果て、魔王の城の裏庭に生えるという『深淵大根』。……それを確保し、帝都の食糧問題に終止符を打つ。それが貴公に課された、新しい『仕事』だ。……どうだ、報酬は弾むぞ?」
エリカは『大根丸』を背負い直し、リヤカーの取っ手を力強く握った。 借金はなくなった。でも、美味しい大根への道は、どこまでも続いている。
「……行く。……魔王様の庭、……美味しいもの、いっぱいありそう」
「また旅の始まりですね……。まあ、エリカさんと一緒なら、どんな魔王様でも最後には『美味しい』って笑うことになるんでしょうけど」
リヤカーの車輪が、カラカラと音を立てて再び動き出す。 エリカは、城門を抜ける瞬間に、青空に向かって一度だけ、最高の「空振り」を放った。
――ドォォォォォン!!
空にぽっかりと開いた、大根の形をした入道雲。 少女とリヤカーの「美食の旅」は、これからもずっと、この空の下で続いていく。
【第2部:借金まみれの美食旅・完】




