迷い込んだ王都:アイアンホールの門を叩け(前半)
目の前には、夢にまで見た冒険者ギルドの重厚な扉。 村で大根を抜き、泥を払い、理不尽に耐えてきた日々。そのすべてが、この扉の向こう側で報われる。エリカの朦朧とした意識の中で、扉はまるで巨大なご馳走の蓋のように見えていた。
「エリカさん、落ち着いて……。まずは身なりを整えて、礼儀正しく……」 「大丈夫、リノ。私、ちゃんと分かってる。……都会の人に、失礼がないように……優しく、開けるから」
エリカは自分自身に言い聞かせるように呟き、扉の真鍮製の一際大きな取手に手をかけた。 本来なら、洗練された都会の建築機構により、軽く引くだけで滑らかに開くはずの特注品。だが、空腹で思考能力を失ったエリカの「加減」は、すでに崩壊していた。
(開かない……。もっと、力……入れなきゃ……っ!)
ぐっ、と彼女の細い腕に青筋が浮かぶ。 刹那。
メキ、という耳慣れない不吉な音が石造りの壁面から響いた。 直後、エリカが思い切り体重を乗せて取手を引くと、そこにあったのは「扉が開く」という物理現象ではなかった。
「…………え?」
凄まじい破壊音と共に、真鍮の取手が、扉の木材——それも厚さ十センチはあろうかという耐魔オーク材——ごと、円形にえぐり取られたのである。 エリカの右手には、取手がついたままの木材の塊が握り締められていた。
バランスを崩した扉は、蝶番が悲鳴を上げて弾け飛び、巨大な盾のような板となってギルドのロビーへと倒れ込んだ。
ズドォォォォン!!
地響きがインペリアの街路を揺らし、ギルド内に立ち込めていた安酒と汗の匂いが、土煙と共に外へと溢れ出した。 それまで響いていた、荒くれ者たちの喧騒、依頼の交渉、ジョッキを叩く音。そのすべてが、氷を打ったような静寂へと変わる。
土煙がゆっくりと晴れていく。 そこには、扉を物理的に「消滅」させた犯人である少女と、その横で泡を吹いて気絶しかけている銀髪の精霊。そして、案の定その衝撃で足を滑らせ、派手に転倒した金髪の剣士の姿があった。
ギルドの中にいた百人以上の冒険者たちが、手に持った酒をこぼしながら、ぽっかりと空いた「入り口だった穴」を呆然と凝視している。
静寂の向こう側から、ドスンドスンと、巨大な肉塊が歩くような足音が近づいてきた。 「……ほう。帝都の精鋭騎士団でも、今の時間は非番のはずだがな。誰だ、我がギルドの看板を文字通りぶち壊したのは」
土煙の奥から現れたのは、熊のような体躯に、鋼のような髭を蓄えた隻眼の大男。 アイアンホールの長、オズワルドが、こめかみに青筋を浮かべて立っていた。




