脱出の推進力:リヤカー、音速の壁を越える(後半)
「……わぁ。……大きなトカゲがいっぱい飛んできた」
高度四千メートル。エリカが操る音速リヤカーの背後に、帝都が誇るエリート部隊『魔導空軍・蒼穹の騎士団』が姿を現した。彼らが駆るワイバーンたちの口内には、高密度の火炎が充填されている。
「貴公ら、止まれ! 監獄島を破壊した罪は重いぞ! 今すぐ投降し、……っていうか、何なんだその飛ぶリヤカーは!?」 先頭の騎士が拡声魔法で叫ぶが、エリカの耳には「焼き鳥」のジュージューという幻聴しか届いていない。
「……リノ、あのトカゲさん、美味しそう」 「ダメです! あれは軍の備品です! 食べたら借金が帝国の国家予算を超えますよ!!」
その時、後方から数発の『追跡魔導弾』が放たれた。リヤカーの背後に迫る死の光。
「お、おい! 何をしている! 右だ、右へ振れ小娘!!」 車輪にぶら下がっていたザイルが、必死に指示を飛ばす。彼はいつの間にか、生き残るためにリヤカーの「バランサー」としての役割を完璧にこなしていた。
「……わかった。……右を、空振るね」
――一回目、空振り。 エリカが右方の空間を叩く。その衝撃波でリヤカーは左へ急旋回。魔導弾は紙一重で回避されたが、今度は前方から巨大な網を広げた捕獲機が迫る。
「……次は、上」
二回目、三回目。 エリカは空中で『大根丸』を舞わせるように空振った。 上下左右から押し寄せる真空の壁が、リヤカーをまるでピンボールのように複雑な軌道で加速させる。追撃するワイバーンたちは、あまりの不規則な動きに次々と自爆し、雲の中へと消えていく。
「……最後。……加速して、おうちに帰るよ!」
五度目の一撃。 エリカはリヤカーの真後ろに、今までで最大の「空振り」を叩き込んだ。
ドォォォォォォォォン!!!
リヤカーは白銀の航跡を描き、追手の魔導空軍を置き去りにして雲海を突き抜けた。 その瞬間、ザイルの懐から一冊の帳簿がこぼれ落ち、音速の風に煽られてバラバラに散っていった。
「ああっ!? 私の……私の借金管理台帳がぁぁぁ!!」 「……あ、おじさんの本、飛んでっちゃった。……じゃあ、もう借金、ないね?」
「そんなわけあるかぁぁぁ!! ……いや、待て。証拠の帳簿がなくなれば、公式には……いや、しかし……」 ザイルは頭を抱えた。法律の番人としての矜持と、台帳がなくなったという「事務的な解放感」の間で、彼の心は激しく揺れ動く。
「……おじさんも、一緒に大根食べれば、いいと思う」
夕焼けに染まる帝都の端っこ。 音速の旅を終えたリヤカーは、ふわりと(空振りのクッションで)草原に着陸した。 目の前には、かつて追放された帝都の城門が、遠くに見えていた。




