脱出の推進力:リヤカー、音速の壁を越える(前半)
「……みんな、しっかり掴まって。……リヤカーさん、ちょっと頑張ってね」
足元の石床が真っ二つに割れ、下の海面が覗く。ミラの押した『自爆スイッチ』の影響で、監獄島は断末魔の叫びのような地響きを立てて沈み始めていた。
「エリカさん、無理です! リヤカーは飛びません! 物理的に! 借金的にも!!」 「……大丈夫。……空気が、階段になるから」
エリカはリヤカーの取っ手を左手一本で固定し、右腕を後方へと引き絞った。 その瞬間、彼女の周囲の空気が、キィィィィィンと高鳴り、視覚化できるほどの渦を巻き始める。
「……はぁぁぁぁぁっ!!」
――一回目、空振り。 エリカが真後ろの空間を全力で突いた。 ドォォォォォン!! 命中率「2」。空気は傷つかないが、一気に圧縮された気塊が『空気の砲弾』となって後方へ噴射。その反動で、重さ数百キロのリヤカーが、垂直に十メートル跳ね上がった。
「浮いたぁぁぁぁ!? !? いや、落ちる! 落ちますよ!!」 叫ぶリノ。だが、エリカの連撃は止まらない。
「二回目、三回目ッ!!」 空中でさらに「真下」を空振る。 凄まじい風圧が足場を形成し、リヤカーは崩壊する塔の頂上を蹴るようにして、さらに加速。
「四回目ッ!!」 空振りの衝撃波が音速を超え、周囲にドーナツ状の雲が発生した。
「……最後。……島のおじさんたち、バイバイ!!」
五度目の、最大出力の空振り。 エリカの手から放たれた衝撃は、もはや一つの暴風域だった。 リヤカーは虹色の尾を引いて空を切り裂き、海を越え、帝都の方向へと「音速」で飛び出した。
「お、おい! 私を降ろせ! 私は執行官だぞ! 未払いの利子が――」 リヤカーの車輪に鎖が絡まり、凧のように引きずられているザイルの声は、猛烈な風圧にかき消された。
「……エリカさん、あっち!!」 ミラの指さす先、帝都の空に不気味な黒い雲が集まっていた。 それは、エリカの脱獄を察知した「帝都魔導最高議会」が放った、第2の追手。
「……あれも、食べられるかな?」 空飛ぶリヤカーの上で、エリカは新しい大根をポリポリとかじりながら、次なる「獲物」を見据えていた。




