氷の塔の晩餐:マンモス解凍大作戦(後半)
「……いい匂い。300年前のお肉、……おはよう」
氷の殻が粉々に砕け散り、ついにその全貌を現した『氷河マンモス』。 エリカの「空振り電子レンジ」によって細胞の一つ一つが活性化し、琥珀色の脂が表面に滲み出している。塔内に満ちたその香りは、もはや空腹という概念を通り越し、嗅いだ者の理性を焼き切るほどに濃密だった。
「……信じられん。300年凍っていた肉が、これほどまでに瑞々しく……」 ザイルが呆然とする中、塔の最下層から響く不気味な「足音」に、彼は我に返った。
「……何の音だ。……まさか、最下層の『開かずの間』が……!?」
暗闇の中から現れたのは、ボロボロの正装を纏い、異様に長い爪を持つ老人だった。 「……この香り。……忘れもしない、我が祖先が封印した『雪原の宝石』……。それを、小娘。お前が解いたか」
老人の名はガストロ。かつて帝都の食糧庫を文字通り「食い尽くし」、監獄の最深部に封印されていた伝説の美食犯罪者である。
「……おじいちゃん、誰? お肉、食べに来たの?」 「食べに来たのではない。……この至高の食材を、無粋な小娘が汚すのを止めに来たのだ。……その肉、私が調理する。……お前は、そこで指を咥えて見ていろ」
「……ダメ。……これは、私の。……私が、リノたちに会うための、大事な……ご飯!」
エリカとガストロ。二人の間に、目に見えるほどの「食欲の火花」が散る。
「……はぁぁぁぁぁっ!!」
エリカが動いた。 手刀を横一文字に振るう。 ――一回目、空振り。 ガストロの首筋を数ミリ逸れた真空の刃が、背後のマンモス肉を、紙のように薄く、しかし完璧なステーキの形に切り出した。
「二回目、三回目ッ!!」 エリカはガストロを牽制しながら、空振りの余波で肉を空中に舞い上げ、同時に手掌から放たれる摩擦熱で、両面を一気に焼き上げる。 ジュゥゥゥゥッ!! マンモスの脂が弾け、黄金色の焼き目がつく。 「……あ、美味しそう」 「……おのれぇ! 私を無視して調理を進めるとは、どこまで不敬な……ッ!」
ガストロが爪を立てて襲いかかるが、エリカは最後の「五度目の空振り」を放った。 狙いはガストロではなく、焼き上がった肉に「監獄の壁に付着していた硝石(塩分)」を均等に付着させるための、超指向性突風。
ドォォォォォン!!
気圧の変化で、ガストロは肉に触れることすらできず、凄まじい風圧で壁へと押し付けられた。 そしてエリカの手には、完璧に焼き上がった「マンモスの厚切りステーキ」が、湯気を立てて握られていた。
「……おじいちゃん。……一口、食べる?」
差し出された肉の輝きに、ガストロは戦意を喪失した。 「…………負けだ。……これほどの熱量を、空振りで、無慈悲に食材に叩き込むなど……。お前は料理人ではない。……料理そのものだ」
ザイルがゆっくりと歩み寄る。 「……ガストロを屈服させ、マンモスを調理したか。……約束だ、エリカ・フェルナンド。貴公の借金から三万アウルを引き、仲間との面会権を与えよう」
監獄の冷たい空気の中で、エリカは300年越しのステーキを豪快に頬張った。 借金はまだ残っている。だが、エリカの「胃袋」は、すでに監獄の壁を越え始めていた。




