白亜の迷宮と、綿を詰めた勇者(後半)
「……わ、わかった。もういい、通れ! その代わり、その壊した机の修理代として銅貨四枚を置いていけ!」
兵士の震える声に、エリカは泣きそうになりながら、なけなしの銅貨四枚を差し出した。これで残る所持金は、たったの一枚。村を出た時の希望は、文字通り砂となって消え去ろうとしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」 「ははは! 気にするなエリカ。石を砂に変えるなんて、なかなかできる芸じゃない。見ろよ、あの兵士の顔! 一生の語り草だぜ」 マーカスが能天気に肩を叩くが、リノはエリカの影に隠れて小刻みに震えている。 「……エリカさん。あの、もしかして私たち、この街で一番の指名手配犯として冒険を始めることになるのでしょうか?」 「そんなことにはさせないよ、多分……。行こう、まずは冒険者ギルドだよね」
検問を抜けた一行の前に、夕闇に包まれ始めたインペリアの街並みが広がった。 ここからが本当の地獄の始まりだった。 「俺に任せろ。最短ルートでギルド『アイアンホール』までエスコートしてやる。俺の直感は、常に勝利への道を示しているんだ」
マーカスが鼻の綿を詰め直し、自信満々に指し示したのは、明らかに繁華街とは逆方向の路地裏だった。
「……マーカスさん。あちらに『ギルドはこちら』という大きな看板が出ていますが」 「リノちゃん、あれは罠だ。都会の連中は、田舎者を遠回りさせるのが趣味なんだよ」 「…………」
それから三時間。 三人は、先ほど通り過ぎたはずの「半裸の太った男の彫像」の前に、五回目となる帰還を果たしていた。
「……おかしい。この像、俺たちの後をつけてきてるんじゃないか?」 「なわけないでしょ! マーカスさん、もうあなたの『直感』は信じません!」 リノがついに爆発し、鑑定スキルの青い光を瞳に宿らせた。 「エリカさん、あちらです! 冒険者特有の、汗と鉄錆の匂いが混ざった魔力残滓が……あそこから漂ってきます!」
リノの的確なナビゲート(と、エリカの猛烈な腹の虫の合図)に導かれ、三人はようやく、一際頑丈な石造りの建物の前に辿り着いた。 真鍮の看板には、勇壮な槌と剣。 冒険者ギルド『アイアンホール』。
「やっと……やっと着いた……。リノ、そこをどいて。私、もう一秒も待てない……!」
空腹で意識が半分飛んでいたエリカは、獲物を狙う猛獣のような足取りで、ギルドの巨大な扉へと手をかけた。
——これが、後に「帝都の扉消失事件」として語り継がれる悲劇の幕開けであるとも知らずに。




