監獄の洗礼:鉄格子の向こうは美食のパラダイス(前半)
忘却の監獄島、中央配給場。 そこは、法も慈悲も届かない「胃袋の戦場」だった。
「おいおい、見ろよ。今度の新入りは、ずいぶんと美味そうな……いや、細っこいお嬢ちゃんだな」 エリカの前に立ちふさがったのは、額に「食い逃げ」の刺青を彫り、巨大な木のスプーンを武器のように構えた大男――『暴食のバルカス』。この監獄の食糧配分を牛耳る、囚人たちのボスだ。
「……ここ、大根、ないの?」 エリカは周りを見渡すが、あるのは焦げ付いた大きな鍋と、中身のわからない灰色の粥だけだった。
「大根だと? ギャハハ! そんな贅沢品、この島のどこにある! ここにあるのは、看守の食い残しと、この俺が許可した『残飯』だけだ。……食いたきゃ、その細い腕で俺の背中を流してみるか?」
バルカスが下品に笑い、エリカの肩を掴もうとしたその瞬間。 エリカの周囲の空気が、キィィィィィンと鳴った。
「……美味しくないもの、みんなに食べさせちゃダメだよ。……おじさん、そこ、どいて」
「あぁ? 何を――」
エリカは、鉄枷で繋がれた両手を胸の前で合わせた。 武器はない。だが、彼女には帝都最強の命中率「2」を支える、精密な「外し」の技術がある。
「……はぁぁぁぁぁっ!!」
――一回目、空振り。 エリカは、バルカスの「耳のすぐ横」の空気を、平手で叩いた。 ドォォォォォン!! 凄まじい衝撃波がバルカスの鼓膜を揺らし、その背後の石壁を円形に粉砕した。
「……二回目ッ!!」 今度は、配給場の中央に置かれた巨大な鍋の「周囲」を、目にも止まらぬ速さで連続空振りした。 命中率「2」ゆえに、鍋そのものには一撃も当たらない。 しかし、空振りの摩擦熱と真空圧が、鍋の中の「灰色の粥」を猛烈な勢いで撹拌し、底に沈んでいた不純物を弾き飛ばし、代わりに監獄の地下に眠る「冷たい空気」を強制的に送り込んだ。
「……ん、三回目! 四回目!」
空振りの風圧で、バルカスが手にしていたスプーンが螺旋を描いて空中に舞う。エリカはそのスプーンの「横」を空振ることで、スプーンをあたかも自律魔法のように動かし、鍋の中を完璧なテンポでかき混ぜさせた。
「な、なんだこれは……!? 攻撃じゃない……こいつ、空振りの余波だけで『調理』をしていやがるのか!?」




