荒れ狂う波:リヤカー、海を渡る(後半)
「……あ、危ない! 船が岩にぶつかっちゃう!」
ジャックが鼻で笑った。 「そうだ。あの波は帝国の軍艦ですら飲み込む『食らいの潮流』だ。非力な娘が剣を振ったところで――」
「……はぁぁぁぁぁっ!!」
二回目、三回目、連続空振り。 エリカの『大根丸』が残像となって海面を叩く。狙いは船の左右、および背後の海面。 ドゴォォォォォン!! ドゴォォォォォン!!
直接当たってはいない。だが、空振りのたびに発生する凄まじい風圧と真空が、船を襲っていた怒濤を「物理的に押し退け」、さらに船の背後に巨大な「空気の壁」を作り出した。
「なっ……潮流を、空振りで押し返しただと!?」 ジャックの目が見開かれる。
「……最後。……こっちにおいで、美味しい塩と一緒に!」
五度目の一撃。 エリカは『大根丸』を岸壁のすぐ手前の海面に、垂直に突き立てた。 ズォォォォォォン!!!
瞬間、岸壁付近の海水が衝撃で一時的に「消滅」し、そこに巨大な真空の穴が空いた。周囲の海水がその穴を埋めようと猛烈な勢いで流れ込み、沖合で立ち往生していた商船を、あたかも「巨大なベルトコンベア」に乗せたかのように、一気に岸壁へと引き寄せたのだ。
――ズザザザァァァッ!!
船は完璧な角度で岸壁に横付けされ、ロープを投げる手間すらなく接岸が完了した。船員たちは何が起きたか分からず、ただ震えながらエリカを見上げている。
「……ふぅ。……ジャックさん、これでいい?」
ジャックは呆然と船とエリカを交互に見た後、豪快に笑い飛ばした。 「……カカッ!! 面白い! 潮流を相手に『空振り』で喧嘩を売る馬鹿がこの世にいるとはな! 認めよう、お前はただの壊し屋じゃねえ。……海を飼い慣らす、最高の『炊き出し番』だ!」
ジャックは自身の巨大な漁船――『満腹丸』のタラップを下ろした。
「乗れ! 黄金の塩でも、海の龍でも、好きなだけ釣らせてやる。ただし、リヤカーはしっかり縛り付けておけよ。揺れるぞ!」
一行を乗せた船が、黄金の輝きを放つ嵐の中心へと向かって出航した。 エリカは甲板で、リヤカーの大根を一本抱え、地平線を見つめた。 「……塩。美味しい塩。大根さんが、待ってるからね」
嵐の先に待つのは、借金返済の輝きか、それとも海に眠る巨大な「主」か。




