荒れ狂う波:リヤカー、海を渡る(前半)
「……うわぁ! 海だ! 広いね、リノ! これ全部、お醤油入れたらお鍋になるかな?」
砂漠を越えた一行が辿り着いたのは、大陸西端の港町『ソルト・ポート』。 エリカの視線の先には、地平線まで続く広大な海が広がっていた。だが、その海は穏やかではない。はるか沖合には常に巨大な雷雲が立ち込め、荒れ狂う波が飛沫を上げている。
「エリカさん、あれが『静まらぬ大渦』です。あの過酷な海域で、雷の魔力が海水と反応した時だけ、黄金色に輝く奇跡の塩が生まれると言われています」
「黄金の塩……。……それがあれば、大根の漬物、もっと美味しくなる?」 「ええ、一粒で牛一頭が買えるほどの価値があるそうですよ。……借金返済の最大のチャンスです!」
しかし、港の船乗りたちは、エリカたちの申し出を聞いて鼻で笑った。 「ハッ! あの嵐の中に、そんなボロいリヤカーを積んだ船を出せだと? 死にに行くようなもんだ。……せめて、この港一番の『荒波のジャック』を納得させるだけの腕がなきゃ、誰も舵は取らねえよ」
指差された先にいたのは、全身に無数の傷を負い、巨大なマグロを片手で解体している大男だった。
「……ねえ、ジャックさん。私、力はあるよ。……船、出すの、手伝うよ?」
エリカが歩み寄ると、ジャックは包丁を止め、彼女を値踏みするように見た。 「……ほう、その細腕でか。……いいだろう。なら、今から港に入ってくる『積み荷の遅れた商船』を、あの荒波からこの岸壁まで、一歩も動かさずに引き寄せてみろ。できなきゃ、海に叩き落としてやる」
沖合を見ると、確かに一隻の商船が荒波に揉まれ、港の岩礁に激突しそうになっていた。 エリカは『大根丸』を静かに抜き放つ。
「……船を、壊さずに……。……ふわっと、引き寄せればいいんだよね?」
エリカが岸壁に足を踏ん張る。石畳がミシリと鳴り、彼女の周囲に潮風を切り裂くような熱気が渦巻き始めた。
「……はぁぁぁぁぁっ!!」
――一回目、空振り。 エリカは商船の「十メートル右」の海面を、叩きつけるように斬った。




