白亜の迷宮と、綿を詰めた勇者(前半)
鼻に綿を詰めた「自称・天才剣士」を仲間に加え、一行はようやくアルヴェニア帝国の首都インペリアの巨大な城門を仰ぎ見ていた。 高さ二十メートルを超える白亜の城壁は、辺境の村しか知らないエリカにとって、天を支える柱のようにすら見えた。
「いいか、二人とも。ここが世界の中心、インペリアだ。田舎者丸出しでキョロキョロしてると、路地裏のネズミに身包み剥がされるぜ。ま、俺がついてる限り、そんな心配は無用だがな!」
マーカスはボロボロになった服の襟を正し、誇らしげに胸を張る。だが、その鼻の穴からは止血用の綿がひょこひょこと突き出しており、格好良さは微塵もなかった。
「……エリカさん。あの人の言葉の信憑性は、今のところ私の鑑定スキルでも計測不能なほど低いです。しっかり私の裾を掴んでいてくださいね」 「う、うん。……すごいね、リノ。人が、大根の収穫祭のときよりもずっとたくさんいるよ」
エリカは完全に圧倒されていた。行き交う馬車の車輪が石畳を鳴らす轟音、魔法の灯火が昼間のように明るく輝く商店、そして何より、自分たちに向けられる「余所者」への冷ややかな視線。 城門の検問所では、屈強な鎧の兵士たちが目を光らせていた。
「次! ……ん、なんだ貴様らは。そこの男、鼻から何を出している。そっちの娘は……魔力が希薄だな。その連れは……精霊か?」
兵士の鋭い視線がリノに注がれる。リノはびくりと肩を震わせ、エリカの背中に隠れた。精霊王の娘としての誇りよりも、今は見知らぬ人間たちへの恐怖が勝っていた。
「あ、あの! リノは私の契約精霊です! 悪い精霊じゃありません!」 「ふん、証明できるものは? なければ、不法入国、あるいは精霊の密売疑いで……」
兵士が威圧的に一歩踏み出し、リノの腕を掴もうとしたその時。エリカは無意識に彼女を守ろうと、検問所の受付台——分厚い石造りの机——を力いっぱい掴んで身を乗り出した。
みしり。
乾いた音が響き、兵士の動きが止まった。エリカの指先が、強固な石材に深く食い込み、細かな亀裂が台全体に走っていた。
「……え?」
エリカが慌てて手を離すと、掴んでいた箇所の石がボロボロと砂のように崩れ落ちた。兵士は顔を引きつらせ、二歩、三歩と後ずさる。
「き、貴様……今の、無詠唱の強化魔法か? いや、魔力の残滓がない……。な、何者だ……?」




