天空の使者:スパイスの香りは雲を越えて(後半)
「……これだ。我が一族が五百年前から、誰も中身を拝めなかった『神の封印』だ」
天空の里。雲を透かして太陽が近くに見える神殿の中央で、族長は一粒の巨大な胡桃をエリカに差し出した。 それは鉄のような鈍い光を放ち、あまりの硬さに伝説の聖騎士の剣ですら刃こぼれしたという逸品、『天空の千年胡桃』。
「これを割って、中の実を取り出せた者は、里の宝物庫から好きなものを持ち出してよいという決まりだ。……娘よ。お前のその『当たらぬ剣』で、この封印を解けるか?」
「……叩いていいの? 壊しちゃってもいいの?」 エリカの瞳に、不穏な輝きが宿る。彼女にとって「壊していい」という許可は、どんな報酬よりも甘美な響きだった。
「待ってくださいエリカさん! 普通に叩いたら実が粉々になります! 衝撃だけを中に通すんです!」 リノのアドバイス(という名の無茶振り)を受け、エリカは『大根丸』を静かに、天高く掲げた。
「……ふわっと。……面取りするみたいに……」
「はぁぁぁぁぁっ!!」
――一回目、空振り。 胡桃の真上を、凄まじい風が通り抜ける。胡桃はびくともしないが、背後の神殿の柱にヒビが入る。
「二回目、ッ!!」 次は胡桃の左側。 三回目、右側。
エリカは胡桃の「周囲」を、目にも止まらぬ速さで叩き続けた。 空振りのたびに発生する高密度の真空波。それが胡桃の全方位から同時に押し寄せ、ダイヤモンド級の殻を「全方位からの均等な圧力」で締め付ける。
「……最後! ぱっかーん、ってなって!!」
五度目の一撃。 エリカは胡桃の真横の空気を、全力で「引いた」。 瞬間、周囲の気圧が急激に下がり、内圧に耐えかねた千年胡桃が――。
――パキンッ!!
五百年もの間、誰にも開かれなかった殻が、まるで花が開くように綺麗に二つに割れた。 中から現れたのは、乳白色に輝く、バターのように芳醇な香りを放つ巨大な実。
「……おお……。おおお……っ!!」 族長とセルス、そして里の民たちが一斉に跪いた。 「神の封印が、解かれた……! これこそが、失われた天空の味……!」
「……あ。すごくいい匂い。これ、大根と一緒に炒めたら絶対美味しい……!」
約束通り、エリカは里の宝物庫から『金貨百枚相当のスパイス原木』と、さらにお土産として『千年胡桃の蜂蜜漬け』を受け取った。
「やったぁぁぁ! リノ、見て! 借金、一気に返せるよ!」 「エリカさん、すごいです! ついに八万アウルが……現実的な数字になってきましたよ!」
喜び勇んで里を後にする一行。 しかし、彼女たちが去った後の神殿は、エリカの「空振りの余波」によって、柱という柱が斜めに傾き、全壊判定一歩手前になっていた。
「……隊長。あの娘、借金を返したそばから、また『神殿修繕費』という名の借金を作っていきませんでしたか?」 「…………。言うな。あの大根の味がした以上、我々はもう、彼女を訴えることはできん……」
エリカの行く先々に、美味と破壊の跡が刻まれていく。 次なる目的地は、灼熱の砂漠に眠る「幻のオアシス・メロン」。




