天空の使者:スパイスの香りは雲を越えて(前半)
「……静かに。これ以上、その『聖なる肉』を口に運ぶことは許さん」
クジラのステーキをまさに飲み込もうとしたエリカの喉元に、一本の鋭い槍が突きつけられた。 雲を割って現れたのは、背中に真っ白な翼を持つ「天空の民」の戦士たち。彼らのリーダーと思われる銀髪の若者は、エリカたちが仕留めた雲海クジラを見て、驚きと怒りが入り混じった表情を浮かべていた。
「我らが守護神、雲海の大主を地に落とし、あまつさえ焼いて食べるとは……。貴様ら、地を這う民は、神の裁きを恐れぬのか!」
「……え? これ、神様だったの? ……でも、すごく脂が乗ってて、美味しいよ?」 エリカは槍を向けられたまま、モグモグと頬を膨らませて答えた。
「――っ! 神を食して『美味しい』だと!? なんという不敬……!」 銀髪の戦士が激昂し、槍を突き出そうとしたその時。
――グゥゥゥゥゥ……。
静寂の山頂に、エリカのものとは別の、しかし非常に力強い「空腹の音」が響き渡った。 音の主は、銀髪の戦士自身だった。
「…………今のは、風の音だ」 「いえ、確実にお腹の音でしたね。……天空の民の皆さんも、この寒さの中での哨戒、大変なんですよね?」 リノがすかさず、とろ火で煮込まれた「クジラと大根のスパイス煮」を小皿に盛り、差し出した。
「ふん、そんな毒々しい香りのするものを……。……ん? この香りは……まさか、我が里でしか採れぬはずの『天空の雫』か?」
「あ、これ? 崖の下に生えてたから、隠し味に入れたよ。……すっごく、いい匂いになったよ!」
エリカが(空振りで)崖からむしり取ってきた植物は、天空の民が千年以上守り続けてきた秘伝の神聖香辛料だった。 聖なる肉と、聖なるスパイス。そしてエリカの『大根丸』による衝撃波で極限まで柔らかくされた大根。 「……毒味だ。我ら天空の民として、不浄なものが混じっていないか確認せねばならん」 戦士は葛藤の末、震える手でお玉を受け取った。
一口。 「………………おお、神よ…………」 銀髪の戦士はその場に膝をついた。怒りも、プライドも、雲海の彼方へと消し飛んでいた。 「これだ……。我らが代々受け継ぎながら、誰も正解に辿り着けなかった『至高の供物』の味は……これだったのか……!」
「……通して、くれる?」 エリカの問いに、戦士は力強く頷いた。
「通すどころではない! ぜひ、我が里へ来て、族長にこの味を伝えてほしい! 代わりに、お前たちが探している『空飛ぶスパイス』の原木――金貨百枚に相当する秘宝を授けよう!」
「金貨、……ひゃく……枚……っ!!」
エリカの瞳が、再び借金返済の輝き(とさらなるおかわりへの欲望)で燃え上がった。




