天空の漁場:空飛ぶ魚は刺身に限る(後半)
「……大きい。……あれ、ステーキ何枚分かな?」
迫りくる雲海クジラの巨大な影。崖を丸ごと飲み込まんばかりの巨口に対し、エリカが取った行動は「逃走」ではなく「リヤカーの死守」だった。
「リノ、ミラ! リヤカーのロープを私に投げて!!」 「エリカさん!? 何を――きゃああっ!」
リノが差し出した頑丈な魔導ロープを、エリカは自らの腰と『大根丸』の柄に固く結びつけた。 そして、崖から雲海へと――自ら飛び出した。
「なっ……エリカ!!」 ミラの叫びが響く。だが、エリカは空中で落下しながら、背後を泳ぐクジラに向かって『大根丸』を渾身の力で振り上げた。
「……私の。……私たちの、大事な……食材を……っ!」
――一回目、空振り。 落下するエリカの剣は、クジラの巨大な鼻先を数メートル逸れた。 しかし、その「空振り」が空中で凄まじい反作用を生む。剣から放たれた衝撃波が雲を爆発させ、その反動でエリカの体はジェットエンジンのように加速。ロープで繋がれたリヤカーを、崖の上から「一本釣り」の要領で引き剥がした。
「……二回目、ッ!!」
宙に浮いたリヤカー、空中を舞う大根、そして落下するエリカ。 エリカは空中でさらに体を捻り、クジラの「すぐ隣」の空間を横薙ぎにした。 ドォォォォォォン!!
空振りの風圧が、クジラの右側に「真空の断崖」を作り出す。巨躯を誇るクジラは、自重を支えていた気流を奪われ、バランスを崩して大きく横転。その拍子に、クジラが吸い込んでいた大量のスカイ・サーモンが、噴水のように吐き出された。
「……今だぁぁぁ!!」
三回目、四回目。 エリカは空振りによる衝撃波を「足場」にするように連続で剣を振り、空中を飛び跳ねる。命中率「2」ゆえにクジラを直接斬ることはないが、その「余波」がクジラをエリカが指定した場所――すなわち、崖のちょうど平坦な岩場へと、無理やり押し流していく。
「……最後。……重いけど、我慢してね!」
五度目の一撃。 エリカは落下速度を乗せ、クジラの頭上の空を叩き伏せた。 凄まじい下降気流が発生。クジラはまるで巨大なハンマーに叩かれたように、崖の岩場へとドスンと着陸(激突)させられた。
――ズズゥゥゥゥゥン……!!
そこには、気絶した巨大クジラと、その上に無傷で着陸したリヤカー、そして大根を一本もしっかり離さなかったエリカの姿があった。
「……ふぅ。……リノ。このクジラ、お刺身にできる?」 「エリカさん……無茶苦茶です……。でも、……はい。この脂の乗りなら、極上の薄造りが取れますね。……というか、これ、金貨一枚どころか、十枚分にはなりますよ!」
「金貨、十枚……。借金、いっぱい減る!」
その日の夜。山脈の頂には、クジラの脂で豪快に焼いたスカイ・サーモンと、クジラ肉の大根巻きが並んだ。 雲海を眺めながらの贅沢な晩餐。借金は依然として多いが、エリカの「胃袋の戦績」には、また一つ伝説が刻まれた。




