天空の漁場:空飛ぶ魚は刺身に限る(前半)
「……わぁ、リノ見て! 雲がお菓子みたいにふわふわだよ!」
天貫山脈を越えた先に広がっていたのは、深い谷を埋め尽くす幻想的な雲海だった。 海抜三千メートル。切り立った崖の細い道を、リヤカーを引いて進む一行。普通なら足がすくむ絶景だが、エリカの目は雲の切れ間を跳ねる「銀色の閃光」に釘付けになっていた。
「エリカさん、あれが噂の『スカイ・サーモン』です。高度な魔力を持ち、雲を水のように泳ぐ魚……。その身は空気をたっぷりと含んでいて、口の中で雲のように溶けると言われています」
「……雲のように、溶ける鮭……」 エリカの口から、止まらない涎が地面に滴り、崖下の雲へと消えていく。
「借金相殺のリストにも入ってるわ。一匹につき金貨一枚。……でも、あんなのどうやって捕まえるのよ。ここは足場も悪いし、あいつら鳥より速いのよ?」 ミラが崖に背中を預けながら呆れたように言う。
「……大丈夫。……ちょっと、釣ってくるね」
エリカは『大根丸』を背中から引き抜いた。 彼女が選んだ「釣り竿」は、百二十キロの重魔鋼。 そして「糸」は、彼女が振るった後に生じる「真空の道」だ。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
エリカは、雲海に向かって全力で縦に剣を振り下ろした。 ――一回目、空振り。 当然、魚には当たらない。だが、垂直に放たれた衝撃波が雲海を真っ二つに割り、底にある谷底を露わにする。その余波で発生した「上昇気流」が、泳いでいたサーモン数匹を空中へ高く跳ね上げた。
「ウワッ!? 魚が降ってきた!?」 マーカスが慌てて網を構えるが、魚は空中で見事な旋回を見せ、再び雲の中へ戻ろうとする。
「……逃がさない。……二回目ッ!!」
エリカは今度は、斜め上方に向かって剣を薙いだ。 命中率「2」。剣先は魚の群れの遥か左を空切った。 しかし、その「空振り」が生み出した真空の渦が、逃げようとしたスカイ・サーモンたちを、掃除機のように一点へと吸い寄せ始めた。
「……あ、あいつ、空振りの渦で魚を『保冷バッグ』みたいに閉じ込めやがった!」 ミラの叫び通り、数匹の巨大なサーモンが、エリカの剣圧で作られた気圧の檻の中でバタバタと暴れている。
「リノ、ミラ、マーカスさん! ……最後、みんなでキャッチしてね!」
エリカがトドメの三撃目、究極の「引き寄せ空振り」を放とうとした、その時。 雲海の奥から、サーモンよりも遥かに巨大な「影」が、巨大な口を開けて迫ってきた。
「……ブォォォォォォン!!」
それはスカイ・サーモンを主食とする天空の捕食者、『雲海クジラ』。 エリカがせっかく集めたサーモンも、そしてエリカたち一行も、リヤカーごと一飲みにしようとする巨大な影が、崖を飲み込まんばかりに迫り出した。
「エリカさん!! 食べられるのは、私たちの方です!!」




