関所の難題:不機嫌な門番と究極の煮込み(後半)
「……いい、みんな。瞬きしちゃダメだよ」
エリカは巨大な『大根丸』を、まな板代わりの石卓の上で構えた。 門番たちが「おいおい、そんな鉄塊で何をする気だ」と苦笑した次の瞬間、エリカの腕が残像となった。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
――一回目、空振り。 『大根丸』は、石卓の上に置かれた大根の数センチ上を、凄まじい速度で通過した。 バシュッ!! 凄まじい風圧(真空刃)が大根の皮だけを、林檎の皮剥きのように一瞬で、かつ完璧な薄さで剥ぎ取った。
「な、なんだと……!? 刃が触れていないのに、皮が……っ!」
二回目、三回目。 エリカは剣を振り下ろす。狙いは常に「食材の隣」。 空振りのたびに発生する衝撃波が、硬いワニ肉の繊維を叩きほぐし、まるで高級牛のように柔らかい「叩き身」へと変えていく。さらに、余波で舞い上がった大根は、空中で「面取り」まで済まされ、鍋の中に正確にダイブした。
「……リノ、今!」 「はいっ! 獄炎……の、一歩手前のとろ火!」
リノの魔法が鍋の底を熱し、秘蔵のキノコとワニ肉、そして雪どけ大根が、渾然一体となって煮え立ち始めた。 数分後。関所の冷たい空気の中に、これまでの人生で嗅いだこともないような、芳醇で甘やか、かつ力強い香りが爆発した。
「……できた。名付けて『関所破りのワニ大根・キノコ仕立て』だよ」
隊長が、震える手で木のお玉を口に運んだ。 「……っ!? ……う、馬鹿な! このワニ肉、口に入れた瞬間に消えたぞ!? それにこの大根、中まで味が染み渡って……まるで熱い宝石を食べているようだ!」
一人、また一人と門番たちが鍋に群がる。 「うめぇ……!」「俺、生きててよかった!」「カビたパンなんて二度と食えるか!」 不機嫌だった男たちの顔が、一瞬にして至福の笑みに変わっていく。
「……小娘、いや、エリカ・フェルナンド殿。……参った。我々の負けだ」 隊長は涙を拭い、通行許可の印章を勢いよく書類に叩きつけた。
「通行料三千アウルは、この炊き出しの材料費として相殺しよう! それどころか、次の街までの護衛を付けたいくらいだ。……これを持って行け」
差し出されたのは、関所の備蓄から出された「最高級の干し肉」と、わずかながらの路銀(500アウル)。 エリカの「空振り調理」が、武力でも金でも開かなかった門を、胃袋を通してこじ開けた瞬間であった。
「やったぁ! リノ、ミラ、マーカスさん! 通れるよ!」 「エリカさん……破壊以外で喜ばれるなんて、初めてですね」
一行は、満腹で動けなくなった門番たちを背に、山脈の向こう側へと続く坂道を意気揚々と登り始めた。 だが、その頂上。 山脈を越えた先に広がるのは、魔物が支配する「絶叫の渓谷」であることを、彼女たちはまだ知らない。




