湿地の誘惑:巨大キノコは鍋の主役(後半)
「……ブシュルルルルッ!!」
沼地の巨顎、マッシュ・クロコダイルが泥を撥ね上げて咆哮した。その背中には毒茸が群生し、尾の一振りでリヤカーを木っ端微塵にする破壊力を秘めている。
「エリカ、気をつけて! あのワニ、背中のキノコから麻痺毒の胞子を撒いてる!」 ミラが警告するが、エリカはすでに『大根丸』を力強く握り込み、腰を落としていた。
「……毒なんて、火を通せば大丈夫。……リノ、あのワニ、身の中にキノコの味が染み込んでるって本当?」 「はい! この地方の古文書には、キノコと共生したワニの肉は『森の至宝』と呼ばれ、借金一万アウル分にはなると書いてあります!」
「一万アウル……。……食べる。絶対に食べる!!」
エリカが地を蹴った。泥濘の上を、あたかも平地であるかのように爆走する。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
――一回目、空振り。 全力で振り下ろした剣は、ワニの鼻先の泥を叩いた。 ドゴォォォン! と泥の柱が上がり、視界を塞がれたワニがたじろぐ。
「――二回目ッ!!」 続けざまの横薙ぎ。これもワニの喉元を僅かに逸れた。しかし、生じた衝撃波がワニの分厚い皮膚を「マッサージ機」のように激しく振動させ、巨躯を横倒しにする。
「……ブモッ!?(なんだこの理不尽な衝撃は!?)」
三回目、四回目。 空振りするたびに、エリカの周囲の泥が「真空の穴」によって吸い寄せられ、巨大な泥の球体となってワニの上に降り注いだ。 気づけば、ワニはエリカの「外れまくった攻撃の余波」によって作り出された泥の監獄に閉じ込められ、身動きが取れなくなっていた。
「……最後。これで、キノコとワニ肉、ゲットだよ!」
五度目の一撃。 エリカは『大根丸』を逆手に持ち、渾身の力で「ワニのすぐ隣」の地面へ突き刺した。 ズォォォォォォン!!!
地脈そのものを揺るがすような一撃。 その衝撃は、ターゲットであるワニには一切触れなかった。 しかし、その「空振り」によって発生した凄まじい上昇気流が、ワニの背中に生えていた『ハライッパイ・ダケ』の幼体だけを、根こそぎ綺麗に刈り取った。
「……あ、飛んでった」
飛んでいったのは、キノコだけではない。 あまりの風圧に、ワニはひっくり返り、そのまま「自分自身の重み」で泥の中に深く沈み込んでしまった。バタバタと暴れるワニの尻尾が、偶然にもミラが構えていたリヤカーの空きスペースにスポッとはまり込む。
「……え、嘘でしょ。これ、運ぶの?」 ミラが呆然とする中、エリカは空から降ってきた巨大なキノコを、両手で見事にキャッチした。
「やったぁ! リノ、見て! キノコと、おまけのワニ肉だよ!」
結局、彼女たちは動けなくなった巨大ワニを引きずりながら、湿地帯を脱出することになった。 その日の野営地。 大根と『ハライッパイ・ダケ』、そしてワニ肉の贅沢な「借金返済(予定)鍋」が、夜の静寂の中に極上の香りを漂わせた。
「……美味しい……。ねえ、リノ。借金、あと何回食べれば返せるかな?」 「エリカさん、食べるんじゃなくて売るんです! でも、……まあ、一口くらいなら毒見しましょうか」
彼女たちの旅路は、まだ始まったばかり。 胃袋は満たされたが、財布はまだ、驚くほど軽い。




