湿地の誘惑:巨大キノコは鍋の主役(前半)
一行が足を踏み入れたのは、帝都の南に広がる『霧咽ぶ湿原』であった。 ここは常に薄暗く、地面は底なしの泥濘が広がっている。旅人なら誰もが避けるこの難所に、彼女たちが挑んでいる理由はただ一つ。
「……あ、あった! あそこ! 木の根元に生えてる、あの傘が水玉模様の大きいやつ!」
エリカが指差した先には、直径一メートルはあろうかという、不気味なほど鮮やかな橙色の茸が鎮座していた。伝説の食材『ハライッパイ・ダケ』。一切れ食べれば一日は満腹、丸ごと煮込めば街一つを養えると噂される、借金返済の「目玉食材」だ。
「……待って、エリカ。あれ、ただの茸じゃないよ」 ミラが泥の中から短剣を抜き、鋭い視線を送る。 茸の周囲の泥が、生き物のようにうごめき始めた。泥の中から姿を現したのは、湿原の捕食者『ヘドロ・スラッグ(泥粘食体)』の群れだ。彼らは強力な酸性の粘液を吐き出し、獲物を溶かして喰らう。
「ウゲェ……! あの粘液、俺の自慢の甲冑(中古)まで溶かしちまうぞ!」 マーカスが情けなく叫びながら、リヤカーの陰に隠れる。
「……溶かされたら、食べられなくなっちゃう。リノ、あいつら、どかしていい?」 「エリカさん、あいつらは全身が液体に近いので、切っても意味がありませんよ! しかも酸を撒き散らされたら、せっかくのキノコが台無しです!」
「……じゃあ、キノコに届かないくらい、遠くまで飛ばせばいいんだね!」
エリカは、腰まで泥に浸かりながら『大根丸』を構えた。 この不安定な足場。命中率「2」の彼女にとって、踏ん張りが利かない環境は致命的……かと思いきや、彼女の解決策は常に斜め上を行く。
「……はぁぁぁぁぁっ!!」
エリカは『大根丸』を、敵ではなく、自分と敵の間の「泥の海」に向かって垂直に突き立てた。
――ドゴォォォォォォォン!!!
一回目、空振り(地面への直撃)。 衝撃波が泥を押し分け、巨大な「泥の津波」が発生した。ヘドロ・スラッグたちは、自分たちが住処にしていた泥ごと、百メートル先の森まで一気に押し流されていった。
「うわぁぁぁ!? 泥が降ってきたぁぁ!」 マーカスが泥まみれになりながら絶叫する。
「……あ、道ができたよ!」 エリカが作った衝撃の跡は、一時的に泥が弾き飛ばされ、固い地盤が剥き出しになった一本の「泥の道」に変わっていた。
だが、その道の先。 伝説の茸のすぐ後ろから、巨大な「影」がゆっくりと立ち上がった。
「……やっぱりね。あんな立派なキノコ、番人がいないわけないと思ってたよ」 ミラの言葉通り、そこにいたのは、背中に無数の毒茸を生やした巨大な鰐、『マッシュ・クロコダイル』。その巨体はリヤカーの三倍はあり、エリカが作った「道」を塞ぐように大きな口を開けた。
「……ねえ、リノ。あのワニ、怒ってるかな?」 「エリカさん。……あれは怒ってるんじゃなくて、『朝ごはん(私たち)』が来たのを喜んでいる顔です!」




