背負うのは剣と借金と大根(後半)
「……ねえ、リノ。さっきから、森が騒がしいよ」 エリカがリヤカーの持ち手を引いたまま、ピタリと足を止めた。彼女の「食欲感知センサー」が、自分たちに向けられた無数の卑しい視線を捉えていた。
「エリカさん、私も感じます。これは、お腹を空かせた魔物の群れですね」
ウキャキャキャキャッ!!
街道の両脇にある木々から、真っ赤な顔をした巨大な猿、緋顔猿が次々と飛び出してきた。その数、およそ二十。彼らの目的は、人間ではない。リヤカーに山積みされた、白く瑞々しい『雪どけ大根』だ。
「マンドリルだ! こいつら、集団で獲物を囲んで、美味しいところだけ奪っていく狡賢い連中だぞ!」 マーカスが剣を抜くが、腰が引けている。
「……私の。私たちの一年分のご飯に……手を出すつもり?」 エリカの周囲の空気が、重く沈む。彼女はリヤカーの持ち手をそっと地面に置くと、背中の『大根丸』をゆっくりと引き抜いた。
「……ミラ、リヤカーを守って。リノ、……ちょっとだけ、本気出すね」 「エリカさん、本気はいいですが、大根に剣を当てないでくださいよ!? 全滅したら私たちの食費が消えます!」
猿の一匹が、大根のピラミッドの頂点に飛びつこうとしたその瞬間、エリカが動いた。 狙いは、飛び上がった猿の尻尾。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
――一回目、空振り。 剣は猿の数メートル下を通過した。しかし、放たれた物理的な風圧が地面を扇状に抉り、突風となって猿たちを空中に舞い上げた。
「ウキャッ!?(なんだこの風は!?)」 「外れた……。なら、もっと大きく振れば、どこかに当たるよね!」
二回目、三回目。 エリカは命中率「2」の絶望的な精度を、回転速度で補い始めた。彼女自身が巨大な独楽のように回転し、円を描いて『大根丸』を振り回す。 当然、猿たちには掠りもしない。だが、エリカの周囲に発生した「人工的な竜巻」が、リヤカーの周囲に不可視の壁を作り出し、近づこうとする猿を次々と森の奥へと吹き飛ばしていった。
「す、すごい……! 当たってないのに、リヤカーに指一本触れさせないなんて!」 マーカスが感心するが、ミラは冷静に地面を見ていた。 「感心してる場合じゃないよ。エリカの回転のせいで、街道の舗装が全部剥がれてリヤカーが埋まり始めてる!」
「あ……」 四回目。回転の勢い余って、エリカはリヤカーの目の前の地面を豪快に叩き伏せた。 ドゴォォォォォォォン!!
巨大な陥没穴が出現。残った猿たちは、その破壊規模に戦意を喪失し、尻尾を巻いて逃げ出していった。 静寂。 そこには、完璧に守られた大根の山と、その目の前で立ち往生する「リヤカーが通れないほどボロボロになった道」があった。
「……リノ。道、なくなっちゃった」 「エリカさん……守るための破壊が、常に次の進路を塞ぐのは、私たちの呪いなんでしょうか」
結局、彼女たちは自分たちが掘った穴を埋めるために、さらに三時間を費やすことになった。 旅の初日から前途多難。しかし、焚き火で焼いた一本の大根の美味しさが、彼女たちの心を折れさせなかった。




