闇を裂く光:空振りすら許さない絶影(後半)
「……武器を捨てるか。賢明な判断だ。苦しまずに――」
カインがトドメの一撃を放とうと踏み込んだ瞬間、エリカは足元の石畳に指を突き立てた。 バキバキッ! という不快な破砕音。 彼女は、まるで熟した果実を摘み取るかのように、演武場の頑丈な石畳を一枚、素手で剥ぎ取ったのだ。
「……大根、食べるの。邪魔しないで」
エリカの瞳は、もうカインを見ていなかった。その先にある「鍋」だけを見据えている。 彼女は剥ぎ取った数十キロの石板を、フリスビーのように無造作に放り投げた。
シュッ……。
一回目、空振り。 石板はカインの右側を猛烈な速度で通過し、そのまま観客席の壁を粉砕した。 「……当たらんな。動揺して精度が落ちたか?」 「ううん。……今のは、風よけ」
二回目、三回目。 エリカは次々と地面を剥がしては投げ、剥がしては投げた。命中率「2」ゆえに、そのどれもがカインには直撃しない。 しかし、四方八方に突き刺さった石板が、カインの得意とする「空気の揺らぎを利用した回避(絶影)」を物理的に阻害し、彼を狭い空間へと追い詰めていく。
「なっ……回避経路が、埋められていく……!? まさか、これを計算で!?」 「計算なんて……してないよ。ただ、あっちに行かせたくないだけ!」
四回目。エリカが投げた最後の石板は、カインの足元を直撃――しそうになり、これまた僅かに逸れた。 だが、着弾の衝撃で演武場の中央が爆発するように跳ね上がり、大量の砂塵がカインの視界を奪った。
「くっ、視界が――」
五度目。 エリカは残された最後の魔力を拳に込め、武器も持たず、ただ真っ直ぐにカインに向かって突進した。 狙いは胸のバッジ。
――ドォォォォォォン!!
エリカの拳は、カインの左肩の数センチ横を、最高速度で空振った。 だが、そこから発生した「真空の塊」は、これまでの『大根丸』によるものより遥かに鋭く、圧縮されていた。
「あ……」 カインは回避すらできなかった。真空の圧力によって彼のバッジは粉々に砕け散り、その背後にあった競技場の防壁までもが、綺麗な円形に抉り取られた。
カインは衝撃波の余波で吹き飛ばされ、そのまま白目を剥いて壁にめり込んだ。
「……しょ、勝者、エリカ・フェルナンド!! 決勝進出決定!!」
歓声ではない。悲鳴に近いどよめきが会場を包む。 エリカは、めり込んだカインを一瞥もせず、真っ直ぐに競技場の出口へと歩き出した。
「リノ! 行こう! 今ならまだ、大根スープ、おかわりできるよね!?」 「エリカさん……決勝戦の前に、会場の『修繕委員会』の人たちがすごい顔でこっちに来てます! 逃げてください!」
勝利の栄光よりも、スープの残量を心配しながら、エリカは夕暮れの競技場を駆け抜けていった。




