闇を裂く光:空振りすら許さない絶影(前半)
「……準決勝、第一試合。エリカ・フェルナンド対、カイン!!」
これまでの試合とは空気が違った。実況の声もどこか上擦り、観客席の野次も、カインが放つ「死の臭い」に圧されて静まり返っている。
カインは武器を構えていなかった。ただ、包帯の隙間から覗く虚ろな瞳が、エリカの喉元を、心臓を、そしてその背後の「血脈」を冷徹に値踏みしている。
「……君か。帝国の『忘れ物』は。……その剣、重そうだね。振る前に終わらせてあげるよ」
エリカは、初めて相手の言葉に食欲以外の反応を示した。背筋に走る、氷の粒を流し込まれたような寒気。 「……リノ。この人、大根の匂いがしないよ。……冷たい鉄の匂いがする」 「エリカさん、気をつけて。この人は、これまでの相手とは格が違います。回避するんじゃない……攻撃そのものを『無効化』する動きをしています」
「始めッ!!」
審判の合図が終わるか終わらないかの刹那、カインの姿が煙のように掻き消えた。 「はぁっ!!」 エリカは直感に従い、『大根丸』を横一文字に薙ぎ払った。 一回目、空振り。 いつもなら、この空振りが生む衝撃波で相手を吹き飛ばすはずだった。しかし、カインはエリカの剣筋が作る「風の道」をあらかじめ予見していたかのように、衝撃波の波間に身を滑り込ませ、完全に無傷でエリカの懐へと肉薄した。
「……遅い」
カインの手から、包帯に隠されていた細い針が数本放たれた。 「あ、痛っ!?」 エリカの頬を、針がかすめる。当たったのは僅かだったが、そこから毒のような魔力が流れ込み、エリカの腕の自由を奪い始めた。
「エリカさん! その人は空振りの『余波』すら利用して近づいてきます! 適当に振ったら、逆に誘導されますよ!」 「……でも、振らなきゃ、当たらないもん……っ!」
二回目、三回目。 エリカは必死に剣を振るうが、カインはその度に重力に従わないような奇妙な跳躍を見せ、エリカの死角から的確に針を打ち込んでいく。
エリカの命中率「2」が、カインの「回避率99」と衝突し、戦況は一方的なワンサイドゲームへと傾いていく。 観客席では、アルトリウスが立ち上がり、剣の柄に手をかけていた。これがもはや試合ではないことに気づいたのだ。
だが、その時。 エリカの耳に、競技場の外から微かに、しかし彼女にとっては何よりも鮮明な「音」が聞こえてきた。
――グツグツ、グツグツ。
それは、大会の炊き出しで準備されている「大根の煮込み」の鍋が鳴る音。 そして、風に乗って届く、極上の出汁の香り。
「…………食べたい」
エリカの瞳から、迷いが消えた。 彼女は重い『大根丸』を、あえてその場にドスンと置いた。




