闇の蛇:少女の首にかけられた賞金(後半)
「……おい、その紙を見せな」
ザックが、煤けた手でミラから羊皮紙をひったくった。ランプの火に透かして、紙の隅々を凝視する。その眉間の皺が、かつてないほど深く刻まれた。
「ザックさん、何か知ってるの? 私のパパ(切り株)のこと」 「……小娘、さっきから切り株、切り株とうるせえ。これを見ろ。この羊皮紙の隅にある透かし彫り……これは帝国の官僚が使う最高級の紙じゃねえ。……『皇室』に納められる専用の品だ」
ザックの言葉に、ミラが息を呑み、マーカスが持っていたスプーンを鍋の中に落とした。
「皇室って、あの皇帝陛下の……!? じゃあ、エリカは……迷子のお姫様か何かだって言うのかい?」 「そこまではわからねえ。だが、十数年前……北門監獄から一人の赤ん坊が『消えた』って噂があった。管理官が更迭されたのは、囚人の脱走じゃねえ。……国を揺るがす『ある血筋』を、外へ逃がした疑いだったはずだ」
ザックはエリカの顔をまじまじと見つめた。 「……エリカ。お前、小さい頃に食べたもので、一番記憶に残ってるものは何だ?」
エリカは首を傾げ、真剣に考え込んだ。 「……えっと。村に来る前、すごく暗いところで食べた、すっごく硬いパン……。それと、お花の香りがする、甘くて温かいスープ」
「温かいスープだと? 監獄でそんなものが出るわけが――」 「違うんです、ザックさん!」 リノが割って入った。 「エリカさんの魔力は、生まれた時から『精霊の守護』を受けていた形跡があります。そのスープは、おそらく……誰かが彼女を外へ連れ出す際に、精霊の加護を混ぜて飲ませた『秘薬』だったのかもしれません」
エリカは、自分の複雑な生い立ちよりも、気になることが一つあった。 「ねえ、リノ。そのお花のスープって、今でも作れる? また飲めるかな?」
「エリカさん! 今は自分の身の安全と、金貨500枚の賞金首だってことを心配してください!」 「だって、金貨500枚あれば、一生大根に困らないでしょ? 私、やっぱり自分をギルドに売ったほうがいい気が――」
「バカ野郎!」 ザックがエリカの頭をごつんと叩いた。 「お前を売ったら、その瞬間から自由も大根も取り上げられて、冷たい牢屋に逆戻りだ。……いいか、この件は俺たちが預かる。……ミラ、お前は街の裏側を探って、他に誰がこいつを狙ってるか突き止めろ」
「……了解。ま、金貨500枚の『商品』をタダで渡すなんて、プロの盗賊として許せないしね」 ミラは不敵に笑い、闇に溶けるように消えていった。
エリカは、壊れた扉(自分が壊したもの)の隙間から夜空を見上げた。 自分の正体、消えた記憶、そして追っ手。 なんだか大変なことになってきた気がしたが、お腹がいっぱいになると、やっぱり結論は一つだった。
「……ま、明日も大根食べられたら、それでいっか!」




