黄金のスープ:空腹の果てに見つけた幸せ(後半)
焚き火の爆ぜる音が、一瞬、止まったように感じられた。 路地裏の湿った空気が、針で刺すような鋭い殺気に変わる。ミラが警告を発したのとほぼ同時に、暗闇から三筋の銀光が放たれた。
シュッ、シュッ、シュッ!
「エリカ、伏せて!」 ミラが叫ぶが、エリカの反応はそれよりも一段階「食欲」に忠実だった。彼女は口に運びかけていた最後の一切れの大根を守るべく、無意識に手近な防壁——立てかけてあった『大根丸』の腹を、盾にするように引き寄せたのだ。
ガキィィィィィィィン!!
飛来した投擲ナイフが、重魔鋼の刀身に弾かれ、火花を散らす。 「……私の。私の、最後の一切れを……狙ったの?」
エリカの瞳が、暗闇の中で蒼く発光した。スープを飲み終えた直後の彼女は、今、人生で最も力が溢れている状態にある。 路地の影から、全身を漆黒の衣装で包んだ二人の男が姿を現した。
「……流石だな、重魔鋼を片手で操る壊し屋。だが、その鈍ら(なまくら)で我ら『影の蛇』の速度についてこれるか?」 男たちが構えるのは、毒を塗られた曲刀。彼らはギルド間の抗争や闇の依頼を引き受けるプロの暗殺者だった。
「速度なんて……関係ないもん」 エリカは『大根丸』をゆっくりと、しかし確実に構えた。 「……リノ。魔力、全部持っていっていい?」 「……はい、エリカさん。……ただし、スープの鍋だけは壊さないでくださいね」
リノの合意と共に、エリカの全身から凄まじい魔圧が噴き出した。 夜の帝都。狭い路地裏。 本来なら精密な剣技が求められる閉鎖空間で、エリカはあろうことか『大根丸』を力任せに縦に振りかぶった。
「当たれぇぇぇぇぇっ!!」
――一回目、空振り。 狙った刺客の頭上を数メートル逸れ、剣はザックの工房の「隣の建物のひさし」を直撃。 ドゴォォォォン!!
「なっ、馬鹿な! どこを狙って――」 刺客が嘲笑おうとした瞬間、破壊された建物の破片が弾丸となって路地を埋め尽くした。
「当たらなくても……これで、逃げられないでしょ!」
二回目、三回目。 エリカがデタラメに剣を振り回すたびに、路地裏の壁が削れ、床の石畳が捲れ上がり、刺客たちの足場が消滅していく。彼らは「神速の剣技」を披露するどころか、崩壊する地形から逃げ惑うネズミのようになり果てていた。
そして、エリカが四度目の空振りを放った時。 衝撃波で吹き飛んだゴミ箱の蓋が、ブーメランのように回転しながら刺客の一人の後頭部を直撃。 「ガハッ!?」 気絶して倒れ込む刺客。
「……残るは、一人」 エリカが、最後の大根を咀嚼しながら、じりじりと最後の一人を追い詰める。 その背後では、マーカスが「俺の出番がねえ……」とスープの残りを寂しく啜っていた。




