白銀の監視者:大根を食う女、王都に現る(後半)
ギルド前の広場には、夕食時にもかかわらず野次馬の冒険者たちが黒山の人だかりを作っていた。 中央で対峙するのは、帝都の華である聖騎士アルトリウスと、泥と大根の葉にまみれた少女エリカ。
「……抜くがいい、エリカ・フェルナンド。その無骨な鉄塊が、ただの飾りでないことを証明してみせろ」 アルトリウスが細剣を構える。その動きには一切の無駄がなく、陽光を弾く刀身はまるで一本の光の筋のようだった。
「いきます……。私の、私の大事な一万七千五百アウル(借金の半分)のために……っ!」
エリカが『大根丸』を構えた瞬間、広場の気温が一段下がったような錯覚を周囲に与えた。 彼女の狙いは、アルトリウスの白いマントの端。一太刀浴びせれば勝ち、という条件を最大限に利用した「かすり狙い」だ。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
ドンッ!! 石畳を粉砕してエリカが踏み込む。重魔鋼の重圧を乗せた横薙ぎの一撃。
――キィィィィィン!!
アルトリウスは眉一つ動かさず、最小限の動きでそれを回避した。エリカの剣先は、彼の鼻先数ミリメートルを見事に「空振った」。 だが、そこからがエリカの真骨頂だった。
「……なっ!?」 アルトリウスの顔から余裕が消える。 空振ったはずの『大根丸』が、空気を圧縮し、目に見えるほどの「衝撃の塊」となって放たれたのだ。エリカが狙いを外せば外すほど、その余波は全方位へと拡散する。
「当たらなくても……風が当たれば、勝ちだよねっ!?」
エリカはさらに二撃、三撃と、あえてアルトリウスの「周囲の空間」を叩き潰すように剣を振るった。 右を振れば石畳が爆ぜ、左を振れば突風がアルトリウスの視界を奪う。
「……くっ、これほどまでの膂力か! だが、当てられねば意味はない!」 アルトリウスが神速の踏み込みで、エリカの懐へ潜り込む。細剣の先端が、エリカの肩を突こうとしたその刹那。
エリカの足元が、自らの破壊でボロボロになった石畳に足を取られ、派手に滑った。 「あ……っ!」
――ズザザザァァァッ!!
無様に転倒するエリカ。しかし、倒れ込みながら放り出した左手が、偶然にもアルトリウスの足元にあった「先ほどエリカが空振りで掘り起こした石の破片」を豪快に蹴り上げた。 その破片が、アルトリウスの端正な顔立ちを掠め、彼の白銀の兜の飾り紐をプツリと切り裂いた。
沈黙。
「……あ。……ごめんなさい、わざとじゃなくて……」 地面に這いつくばったまま、エリカが顔を上げる。
アルトリウスは、地面に落ちた自分の兜の飾りを数秒間見つめた後、静かに剣を収めた。 「……見事だ。……いや、見事と言っていいのかは甚だ疑問だが。……確かに、一太刀(の代わりの石の礫)を浴びたのは私の方だ」
彼は深くため息をつき、エリカに手を差し伸べた。 「約束だ。今回の損壊費用の半分は、聖騎士団の『演習費用』として計上しておこう。……ただし、エリカ。次にお前が街を壊した時は、私が自らお前を投獄する」
「……やったぁぁぁ! 借金が減ったぁぁ!」 エリカはアルトリウスの手を握り、ブンブンと振り回した。その握力でアルトリウスの籠手がミシリと鳴ったが、彼はそれを顔に出さないだけの忍耐力を持ち合わせていた。
「……エリカさん。勝ったのは嬉しいですが、残りの半分でもまだ数年分のご飯代ですよ……」 リノの冷静な言葉が響く中、夕暮れの帝都に、エリカの(安堵の)咆哮が響き渡った。




