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空振り美食道〜大根一本で魔王と勇者を飼い慣らすまで〜  作者: 向陽葵
【第1部:契約の始まり】

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泥に咲く名もなき花(後半)

迷い森の深奥、湿った苔の匂いが立ち込める断崖。  エリカは、自身の不甲斐なさを振り切るようにがむしゃらに突き進んでいた。視界が涙で滲み、足元の不安定な岩場に気づくのが一瞬遅れる。


「あ——」


 無情にも、雨に削られた地面が爆ぜるように崩れた。浮遊感。視界が回転し、鋭い岩肌が迫る。死を覚悟し、エリカが硬く目を閉じたその時だった。


「……危ないっ!」


 透き通るような、けれど震える声が響く。  直後、エリカの体は柔らかな光の塊に包み込まれた。まるで見えない真綿に受け止められたかのように、落下が緩やかになる。驚愕して目を開けたエリカの視界に飛び込んできたのは、宙に浮き、必死に手を伸ばす銀髪の少女だった。


 しかし、その光はあまりにも儚かった。 「きゃっ!?」  少女の魔力が底を突いたのか、光の結界は地上数メートルの高さで弾け飛ぶ。二人はもつれ合うようにして、ふかふかの落ち葉の山へと墜落した。


「い、痛たた……。あ、あの、大丈夫ですか……?」  エリカが泥を払いながら顔を上げると、そこには自分と同じくらいの年頃に見える、この世のものとは思えないほど美しい、しかし酷く怯えた瞳をした少女が座り込んでいた。


「ごめんなさい……。私、精霊なのに、浮遊魔法もまともに維持できなくて……」  少女——リノは、今にも泣き出しそうに肩を落とした。  その姿に、エリカは自分自身の影を見た。大根を粉砕し、水晶を壊し、居場所を失った自分。 「あなたも……『落ちこぼれ』なの?」  エリカのその一言に、リノは弾かれたように顔を上げた。


 二人は、森の静寂の中で語り合った。魔力を持たぬが故に壊すことしかできない娘と、高貴な血を引きながら光を放てぬ精霊。重なり合う孤独が、冷え切った二人の心を急速に温めていく。 「……ねえ、リノ。私と一緒に来て。一人で泣いてるより、二人で失敗する方が、きっと楽しいよ」  エリカが差し出した、泥だらけで、けれど力強い掌。リノはその手を、震える指先で握り返した。


「契約の儀式をしましょう。私と、あなたの魂を繋ぐの」  リノが教える古の詠唱。だが、ここからが「落ちこぼれコンビ」の本領発揮だった。 「——汝、我が光となりて……あぐっ!?」  エリカは詠唱の途中で自分の足に躓き、盛大に転倒した。一度、二度、三度……。噛みまくる舌、間違える単語、ついにはリノまでが緊張のあまり魔法陣の構成を忘れ、四度目の失敗では謎の小爆発が起きて二人の顔が煤で真っ黒になる。


 五度目の正直。 「汝、我が光となりて、共に歩むことを誓わん!」  エリカが叫ぶように言葉を紡ぐと、今度は確かな光が二人を包んだ。エリカの体内に、かつて感じたことのない温かな「魔力」の胎動が宿る。魔力測定器が「0」だった彼女の奥底で、何かが産声を上げた。


「できた……できたよ、リノ!」 「はい、エリカさん……! あ、魔力が少しだけ、私から流れて……見てください、エリカさん!」


 興奮したエリカは、初めて手に入れた魔力を試そうと、初歩中の初歩である「ライト」の魔法を試みた。 「灯れ、光!」  直後。  カッ、と辺りが真っ白になるほどの閃光が弾け、次の瞬間、二人の周囲の草木がチリチリと焦げる音が響いた。 「……あ」  やりすぎた。出力調整が絶望的に下手なエリカの「ライト」は、照明というよりはもはや閃光弾だった。  煤け、髪を逆立てた二人は、互いのあまりに無様な姿を見て、同時に吹き出した。


「ふふ、あははは! 真っ黒だよ、リノ!」 「エリカさんこそ! ……でも、私、こんなに笑ったの、お母様がいなくなってから初めてです」


 抱き合う二人の前には、未知なる世界が広がっている。 「私、冒険者になって、自分の力を誰かのために使いたい」 「ええっ!? だ、ダメです! 冒険者なんて危険すぎます! エリカさん、さっきも転んだじゃないですか! 死にます、絶対死にます!」

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