白銀の迷宮:寒さと空腹は最強の敵(前半)
帝都から北へ数里、そこは太陽の光すら凍てつく『霜降る鉱山』の麓であった。 エリカは、ザックがどこからか調達してきた(もちろん借金に追加された)毛むくじゃらの防寒外套に身を包み、雪だるまのような姿で立ち尽くしていた。
「……リノ。寒い。寒すぎて、お腹が空いたことさえ忘れそうだよ」 「エリカさん、それは危険信号です! ほら、この精霊界特製の『あったか香草』を鼻先に近づけてください!」 リノもまた、羽が凍らぬようエリカの外套の中に潜り込み、鼻先だけを出して震えている。
「……ねえ、なんであたしがこんな重労働に付き合わされてるわけ?」 一行の最後尾、ミラが不機嫌そうに呟いた。彼女の足元には、雪上を滑るように歩くための特殊な「雪歩き(スノー・ウォーカー)」が装着されている。彼女の役割は、鉱山内の罠解除と、目指す『重魔鋼』の隠し場所の特定だ。
「いいじゃないか、ミラちゃん! 雪山ってのはな、男と女の距離が縮まる最高のシチュエーションなんだぜ。さあ、滑って転びそうな時はいつでも俺の胸に——ぎゃぶっ!?」 マーカスが格好をつけた瞬間、隠れた氷の段差に足を取られ、そのまま時速30キロほどの勢いで斜面を滑り落ちていった。
「……あの人、放っておいてもいいかな?」 「エリカさん、一応私たちの『案内役』ですから、拾いに行きましょう」
一行が鉱山の入り口に辿り着いた頃には、猛吹雪が視界を遮っていた。 かつて栄華を極めた鉱山は、今や巨大な氷柱が牙のように垂れ下がる、魔物の巣窟と化している。
「……ミラ、ここが入り口?」 「そうだよ。この奥の最下層に、ザックの親父が言ってた『重魔鋼』が眠ってる。……でも気をつけて。入り口付近には、寒さで凶暴化した『アイス・バット』の群れがいるはずだから」
ミラが警告した直後、暗闇からキィィィィという甲高い鳴き声が響いた。 天井から降り注いできたのは、翼を広げると一メートルはあろうかという、全身が氷の鱗で覆われた蝙蝠の群れだ。
「出た! 氷の吸血鬼だ! エリカさん、迎撃を!」 「……うん。……これ、凍らせて砕けば、かき氷みたいにならないかな?」
エリカは震える拳を握りしめた。極寒により筋肉が強張り、いつにも増して制御が効かない。 だが、その瞳には「冷たくて甘いもの」への未知の期待が宿っていた。




