盗賊少女の計算違い:財布の中身は絶望の味(後半)
もうもうと立ち込める土煙の中、ミラは自分がまだ生きていることを確認して、驚きに目を見開いた。目の前には、へし折れた太い梁を片手で軽々と持ち上げ、もう片方の手で自分の襟首を掴んでいる「怪物」がいた。
「……は、離して……あたし、まだ死にたくない……っ!」 「種。……返して。……あと、銅貨も」 エリカの瞳は据わっていた。土煙にまみれたその姿は、精霊契約者というよりは、地獄から這い上がってきた復讐の鬼神に近い。
「返……返すから! ほら、これ! 大根も種も銅貨も全部あげるから! だからその丸太(梁)を下ろして!」 ミラが泣きべそをかきながら布袋を差し出すと、エリカは瞬時に「いつものお人好しな村娘」の顔に戻った。梁をどさりと床に捨て(その衝撃で再び工房が揺れた)、大切そうに袋を抱きしめる。
「よかったぁ……。これがないと、冬が越せないもんね、リノ!」 「エリカさん、冬を越す前に、ザックさんの工房を越せなくなりましたよ……。見てください、あの無惨な天井を」 リノが指差した先には、夜空が綺麗に見えるほど大きな穴が開いていた。
マーカスは瓦礫の影から這い出し、鼻から綿を飛ばしながらザックの顔色を伺った。 「……なぁ、ザックの旦那。こいつは、その……猫が暴れたってことで、一つ……」 「ガハハハハハハ!!」 ザックの爆笑が、崩れかけの壁をさらに震わせた。 「いい! 最高だ! 俺が三日三晩かけて補強した耐荷重の梁を、ただの『ジャンプ』のついでに粉砕するとはな! 小娘、お前のその腕力、鍛冶師として惚れ込んだぜ!」
ザックはミラの襟首をエリカから引き継ぐと、ニヤリと笑った。 「おい、ミラ。お前、さっき『帝都一のスリ』って言ったな? なら、罪滅ぼしに一つ仕事をしてきな」
「……へ?」 「こいつ(エリカ)の力に耐えられる剣を作るには、普通の鉄じゃ話にならねえ。北の『霜降る鉱山』に、数百年前に封印された**『重魔鋼』**の塊があるはずだ。それを盗んで……いや、『回収』してこい」
ザックの言葉に、ミラは顔を引きつらせた。 「霜降る鉱山!? あそこ、今は『氷河の番人』が居座ってるって噂だよ!? あたし一人じゃ餌になるだけだって!」
「だから、その『歩く戦略兵器』を連れて行くんだよ。なあ、エリカ?」
ザックが指差した先では、エリカが戻ってきた銅貨一枚を握り締め、「これで一番安いリンゴ、一個くらい買えるかな……」とリノに相談していた。
「……あの、ミラさん。よろしくお願いしますね? エリカさんは時々、加減を忘れて世界を壊しそうになりますけど、根は良い子ですから」 リノの、どこか悟りを開いたような微笑みが、ミラには死神の勧誘に見えた。
こうして、借金まみれの剛力娘、過保護な王女、不運な剣士に、前科持ちの泥棒少女が加わり、一行は未知なる鉱山へと足を踏み出すこととなった。




