盗賊少女の計算違い:財布の中身は絶望の味(前半)
「……信じられない。あたし、帝都一のスリって自負してたのに。命がけで盗んだ獲物が、銅貨一枚と……干からびた野菜の種?」
梁の上で、ミラは呆然と手元の布袋を見つめていた。袋を振れば、カラカラと虚しい「大根の種」の音だけが響く。彼女の脳内にある『お宝リスト』のどれにも該当しない、あまりに純粋な貧困がそこにあった。
「返して! それ、村の婆ちゃんが『困った時はこれを植えて生き延びろ』って持たせてくれた大事な種なの!」 エリカが半べそをかきながら梁に手を伸ばす。
「……植えるって、あんた。ここ帝都のど真ん中だよ? どこに畑があるっていうのさ」 「道路の隙間とか! とにかく返して!」 「エリカさん、落ち着いてください。道路に大根を植えても憲兵に怒られるだけです!」
リノの懸命なツッコミも、エリカの耳には届かない。彼女の「生存本能」は、失われた種と銅貨を取り戻すべく、再びリミッターを解除しようとしていた。
ザックはそんなやり取りを、酒の入ったジョッキを片手に眺めていた。 「ガハハ! ミラ、お前も年貢の納め時だな。その娘から何かを奪おうなんて、空気を掴もうとするより無謀だぜ。……おい小娘、種を返してほしけりゃ、そいつを捕まえてみな」
「えっ」 「おい、おっさん! 余計な焚き付けすんじゃねえよ!」 ミラが慌てて身を翻そうとした瞬間、工房の空気が「重く」なった。
エリカが、ただの跳躍ではない、床のレンガを粉砕するほどの勢いで膝を溜めたのだ。 「……返して。……私の、夜ご飯の、種……っ!」
ドォォォォン!!
エリカが梁に向かって跳んだ。 あまりの勢いに、ミラは反射的に横へ転がって避ける。エリカの伸ばした指先は、ミラの服の裾を僅かにかすめ——そのまま、工房の頑丈な天井梁を鷲掴みにした。
ミシリ。
「あ」 エリカが、空中でもがくように手を動かす。 バキッ、ボキィィィィン!! 耐荷重を完全に無視した力が一点に集中し、工房を支えていた太い梁が、エリカの指の形に沿って無残にへし折れた。
「……うわぁぁぁぁぁぁ!?」 梁に乗っていたミラも、ぶら下がっていたエリカも、そして崩落した木材も、まとめてザックの鍛錬場へと降り注ぐ。




