酔いどれの金槌:ザック・アイアンハンマーの審美眼(後半)
「……俺の工房へ来い。このギルドの裏手だ。金は出世払いでいい。ただし、酒だけは切らすんじゃねえぞ!」
ザックは千鳥足で立ち上がると、エリカの首根っこを子犬のように掴んで引きずり始めた。リノが「エリカさんを離してください、不潔な髭おじさん!」と喚きながらポカポカとザックの背中を叩くが、岩のような筋肉には蚊が止まったほどの刺激も与えられない。
ギルドの裏路地、煤けたレンガ造りの建物から漏れ出すのは、熱波と鉄の咽せるような匂いだ。 ザックの工房『黒金屋』の扉を開けた瞬間、エリカは室温の高さに目を丸くした。
「いいか、小娘。武器ってのはな、ただ硬ければいいってもんじゃねえ。使い手の『理不尽』を受け流し、標的へと伝える『橋』なんだ」
ザックは炉から真っ赤に焼けた鉄の塊を取り出すと、金槌を振り下ろした。 カンッ、カンッ、と小気味よい音が響くたび、火花が散り、無骨な鉄が形を変えていく。その手際の良さに、エリカは思わず空腹を忘れて見入ってしまった。
「……あの、ザックさん。私の剣、さっき壊れちゃったけど、次は壊れないかな?」 「ガハハ! 普通の剣なら、お前が握った瞬間に泣き叫んで折れるだろうな。だが、ドワーフの『剛鉄打ち』をなめるんじゃねえぞ!」
ザックが真剣な面持ちでエリカの右手を掴み、その厚みを確認した時だった。 工房の開いた窓から、一筋の影が風のように飛び込んできた。
「——っ!?」 マーカスが反応するよりも早く、その影はエリカの腰元を掠める。エリカが反射的に「あ」と声を上げた時には、彼女の唯一の財産である『銅貨一枚』が入った財布(といってもただの布袋)が、影の手に握られていた。
「悪いね。これだけ力自慢が集まってて、隙だらけなんだもん」
工房の梁の上に音もなく飛び乗ったのは、灰色の髪をショートカットにした、猫のような瞳の少女。 泥棒少女、ミラ・シャドウである。
「ああっ! 私の……私のたった一枚の、大事な銅貨がぁぁ!」 「……エリカさん、悲しむポイントがそこですか!? 泥棒ですよ、泥棒!」
リノの叫びもどこ吹く風、ミラは得意げに盗んだ袋の中身を確認した。だが、その瞬間、彼女の動きが止まる。 「……は? ……え、嘘でしょ。これ……中身、銅貨一枚だけ? あとは全部……大根の種?」
ミラの肩がガクガクと震え始める。あまりに哀れすぎる獲物に、プロの盗賊としてのプライドが音を立てて崩れていく。 エリカは半泣きで梁を見上げ、両手を広げた。
「返して! その種、春になったら植えるんだから!」




