炸裂! 必殺・空振り千裂拳(前半)
通路の奥から迫りくるのは、青緑色の悪夢だった。 キングスライム(変異種)。その巨躯は下水道の天井を削り、両壁を圧迫しながら、ズズ……ズズ……と粘り気のある音を立てて這い寄ってくる。半透明の体内には、下水に流された鉄屑や、先ほどの検問所でエリカが粉砕した石机の破片が、魔力を帯びた「核」の一部として脈打っていた。
「ひいぃっ!? エリカ、リノちゃん、こいつは無理だ! スライム10体っていうのは、こういう『塊』を1体って数える意味じゃねえぞ!」
マーカスが情けなく叫びながら、数歩後ずさる。だが、背後の通路は先ほどエリカが「空振り」で破壊した瓦礫によって半ば塞がっていた。
「エリカさん、鑑定結果が出ました! HPは500……いえ、周囲の粘体を取り込んで回復しています! 攻撃を一点に集中させないと、倒せません!」
リノの鋭い警告。しかし、今のエリカの耳には、その切実な声すらも「隠し味のアドバイス」程度にしか聞こえていなかった。 エリカの瞳は怪しく据わり、口角からは一筋の涎が垂れている。
「……大きい。……あれだけあれば、村の皆で分けても一週間はデザートに困らない……!」 「エリカさん!? あれは魔物です! ゼリーじゃありません!」
聞く耳を持たず、エリカは錆びた鉄剣を無造作に放り捨てた。彼女にとって、あんな細い鉄の棒は「巨大な獲物」を仕留めるにはあまりに頼りなかった。 エリカは膝を深く曲げ、大地——いや、濡れた石畳を強く踏みしめた。ミシリ、と足元の石が砕ける。
「逃がさない……っ。私の、ご飯……っ!」
ドンッ!!
爆音と共に、エリカの体が弾丸のように射出された。 正面から迎え撃つキングスライムが、その巨躯を震わせて粘液の触手を数本突き出す。だが、エリカの動きは(空腹によるトランス状態で)物理法則を無視していた。
「はぁぁぁぁぁっ! せいっ! そぉいっ!」
——一回目。右の正拳突き。スライムの右側頭部(に見える部分)の空気を激しく叩き、衝撃波が通路の壁を剥ぎ取る。 ——二回目。左の回し蹴り。スライムの頭上を虚しく通過し、天井の鍾乳石を粉砕。 ——三回目。渾身の頭突き。スライムが僅かに萎縮して回避。エリカはそのまま勢い余ってスライムの体内に突っ込みそうになり、寸前で足を踏ん張って地面を抉る。
「当たらない……! どうして……あんなに、あんなに美味しそうなのに……っ!」
四回目、五回目……。 エリカの振るう拳は、ことごとくスライムの「核」を避け、その周囲にある下水道の設備を、まるで解体工事のように徹底的に破壊していく。 マーカスは瓦礫の雨を避けながら、リノを抱えて叫んだ。
「ダメだ、アイツ! 当たってねえのに、スライムの方が精神的ダメージで縮んでやがるぞ! 攻撃が怖すぎて避けてる間に、逃げ場がなくなってねえか!?」
そう、エリカの「空振り」による圧倒的な風圧と物理破壊が、皮肉にも巨大なスライムを通路の隅へと追い詰め、逃げ道を物理的に封鎖していたのである。 そして、訪れた「十回目」の攻撃。 エリカの右拳に、リノから吸い上げられた魔力が青白い炎となって収束していく。
「……これで、最後ぉぉぉ!」




