スライム相手に空振り十回(後半)
「あ——っ!?」
下水のぬめりに足を取られ、エリカの視界が劇的に反転した。 無様に宙を舞い、後頭部から石畳に叩きつけられる——はずだった。しかし、彼女の身体能力と、契約によって暴走気味に供給された魔力が、物理法則を無理やり捻じ曲げる。
「う、うわぁぁぁぁ!」
転倒の勢いを殺そうと、エリカが反射的に床へ突き出した左手。それが、たまたま逃げ遅れて足元にいたスライムの真上へと振り下ろされた。
ドォォォォォン!!
下水道全体が震動し、天井から古い土砂がパラパラと降り注ぐ。 エリカの拳が叩きつけられた石畳は、蜘蛛の巣状に砕け散っていた。肝心のスライムはといえば——潰れるどころではない。エリカの「ERROR」級の衝撃波により、一瞬で分子レベルまで霧散し、壁一面に青い粘液の染みを作って消滅していた。
「……やった? 私、今、やったよね!?」 尻餅をついた姿勢のまま、エリカがリノを振り返る。その顔は泥だらけだが、勝利の喜びに輝いていた。
「……エリカさん。やりました。やりましたけど……今の、攻撃というよりは、天災に巻き込まれた可哀想な事故に見えましたよ」 リノが複雑な表情で、自分の銀髪に付いた青い粘液を拭う。
「おいおい……。あんなデタラメな倒し方、教科書のどこにも載ってねえぞ」 マーカスが呆然としながら、砕けた石畳の深さを覗き込む。 「だがまあ、一匹は一匹だ。残り九匹、この調子でサクッと終わらせて……」
その時だった。 仲間の死に反応したのか、あるいはエリカが壁と床を破壊した騒音に惹かれたのか。奥の暗闇から、ピチャピチャという小さな音ではなく、**「ズズズ……」**という、重い何かが引き摺られるような音が響いてきた。
リノの鑑定スキルの瞳が、恐怖に大きく見開かれる。 「エリカさん、マーカスさん、逃げて! 大きいのが……鑑定不能(ERROR)の巨大な塊が来ます!」
現れたのは、十数体のスライムが融合し、通路を埋め尽くさんばかりの巨躯となった『キング・スライム(変異種)』。その中心には、先ほどの衛兵が「石机」の修理に使おうとしていたはずの、魔力を帯びた石材の破片が核として取り込まれていた。
「……ねえ、リノ。あいつ、美味しそうじゃない?」 極限の空腹により、エリカの目には巨大スライムが「特大のゼリー」に見え始めていた。




