泥に咲く名もなき花(前半)
陽光が残酷なほどに降り注ぐ午後。辺境の村グリーンヒルの共同農場には、救いようのない沈黙が広がっていた。 エリカ・フェルナンドは、泥にまみれた自身の掌を凝視し、絶望に身を震わせていた。彼女の足元には、無惨に引きちぎれ、あるいは土の中で爆発したかのように砕け散った大根が三十本、無造作に転がっている。
「……また、やった」
絞り出した声は、乾いた風にさらわれて消えた。 この世界において、農作業とは繊細な「農耕魔法」で土を解し、作物を慈しむ行為だ。だが、十四歳になるエリカには、魔法を扱うための魔力というものが欠片も存在しなかった。 ならばと人一倍の力仕事で補おうとした結果がこれだ。土を耕すはずの指先は、制御できない「異能の剛力」によって、大地の恵みをただの塵芥へと変えてしまった。
「おい、エリカ! また全滅させたのか!」 背後から村人たちの刺すような罵声が飛ぶ。 「役立たず」「筋肉だるま」「呪われた子」。 一週間前、帝国の魔法学校入学試験で魔力測定「〇」を記録し、焦りのあまり測定用の水晶球を握力で粉砕したという不名誉な噂は、瞬く間に村中へ広まっていた。
「……ごめんなさい。私、もう……」 言い訳すら許されない。エリカは泥を拭うこともせず、逃げるようにその場を後にした。目指すのは村外れ、鬱蒼と茂る『精霊の迷い森』。誰もいない場所へ、自分の存在を消し去れる場所へ。
一方、その時。 物理的な距離を超えた「精霊界」の最果て、薄暗い『嘆きの庭』においても、一つの孤独が震えていた。 透き通るような銀髪を背中まで伸ばした少女——精霊王の末娘、リノである。彼女は冷たい泉のほとりで膝を抱え、自身の小さな掌を見つめていた。
「お母様のように……どうして私は、光り輝けないの?」
五百年前、世界を救い散った光の勇者ルミエール。リノはその勇者が精霊王との間に残した愛娘だった。だが、リノが生まれたその瞬間に母はこの世を去った。 精霊王家において、リノは「母の死を招いた不吉な子」として忌み嫌われ、王族の血を引きながら下級精霊並みの魔力しか持たぬ「恥さらし」として、屋敷の隅で埃のように扱われてきた。
愛された記憶はなく、ただ否定されるだけの日々。 リノの瞳から溢れた一粒の雫が、泉の波紋を広げる。 その波紋は、偶然にも人間界と精霊界の境界が揺らぐ「歪み」へと重なった。
絶望に突き動かされ、足元の覚束ない断崖に辿り着いた村娘エリカ。 泉の底に映る自分の影を呪い、消えたいと願う精霊リノ。 二つの孤独な魂が、運命の糸に手繰り寄せられるように、今、交差しようとしていた。




