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第9話「憩」

「あははっ、分かった分かったって姉さん」

 はしゃぐ姉の姿に嬉しくなる。きっと昨日のことがあったからいつもよりテンションが高いのかもしれない。

 俺はこんなに元気な姉さんの姿が見られたことで嬉しくなる。思わず姉弟のじゃれ合いに興じてしまうぐらいに。

「こら、ふたりとも。遊ぶのはもう少し静かにね」

 年甲斐もなくはしゃぐ大きな子どもの姿に母さんの制止が入る。

「奏汰くんは普段から大人しいけど、凛花も立派な大人として恥ずかしくない振る舞いでね?」

「うう……っ! ママが学則みたいなこというー!」

「その学則、ちゃんと覚えてるかしら?」

「お、覚えてるわよっ。えーと『清く正しく美しく、天使として無垢であれ』でしょー! えっへんっ!」

 女子高時代の学則……というのだろうか、モットーのような言葉を掲げて姉さんはふんぞり返る。この長さなら忘れるのも難しいと思うけど、彼女的には覚えていることを褒めてほしいらしい。

「よく出来ました。でも、無垢であるのは学び舎に通う間だけよ? 凛花」

「ま、学び舎には通ってるもん……そりゃ、もう、生徒じゃないけどー」

 唇を尖らせて不貞腐れる凛花姉さんは大学で教員免許を取って母校で教師をしている。女子高、といっても過去の話。今は生徒数不足から共学に統合された。

 そしてその共学校は俺の通う場所なんだけど……いまの学則はそこまでロマンチックな言葉じゃ無い。

「うちの学校ってそんな感じだったんだ」

「え? うん。共学になってからは色々とルールは変わったけどね」

 姉さんが通っていた頃は女子高だったが、俺が通う頃には共学へと統合されたらしいけど元女子高だけあって不思議な感じだ。

「私のときはラフだったけどママの頃はもっと厳しかったわよね?」

「ええ。私の頃は賑やかに騒いでると上級生から叱られたものよ」

「縦割り教育……だっけ? 上級生が下級生の面倒を見るっていう」

「ええ。お姉様は妹たちを可愛がるし、妹たちは敬愛を持ってお姉様と接していたのよ」

 母さんから聞く学生時代の話はそう多くないけど、俺の通う学校の歴史は意外と深いようで面白い。

 お姉様とか妹たちとか、まるで創作物の中に出てくるお嬢様学校みたいで不思議だ。

「ぶるぶるっ……我が母校だけにガチのお嬢様学校こわい……奏汰くん助けてー!」

 姉さんがガバッと俺の胸に飛び込むようなアクションを見せる。ぐすん、とわざとらしい泣き真似をするものだから俺もからかいたくなってしまう。

「凛花お姉様は敬愛の対象になれるのかなぁ……?」

「ガァーーン!!」

 大げさなリアクションで硬直する姉さん。そこからヨヨヨと脱力するような嬌態を作ってわざとらしく睨んでくる。

「奏汰くんから敬われないなんてお姉ちゃんショック!」

「日々精進だよ、姉さん」

「ううー……家の中まで学校のような気分だわ……」

 げんなりとした表情を浮かべてからドサリとソファに倒れ込む。言葉ほど悄気てないというのは長年の付き合いで分かっているし、どうにもコント染みた会話が好きなんだってことも思い出していく。

「さてと、母さんはお洗濯をしたいので他に洗濯物があったら出すのよ」

 姉と弟のじゃれ合いを横目に朝食の片付けが終わった母さんは次の家事に掛かりたいと声を掛けてくる。

 姉さんは外で働いているけど、母さんは内職的な仕事をしているらしい。よくは知らないんだけどライター? というか、取材をして文章を起こすなんてこともやっている……らしい。

 そう思うと普段は家に籠もりっきりの母さんの休日を邪魔してしまったのは申し訳ない気持ちだけど……今日という日だけは勘弁してほしい。

「今日は夕立……だからね。お洗濯は浴室乾燥機で乾かすことにするわ」

 なんてことのない言葉に、俺を全肯定してくれているのが伝わる。母さんはいつだって俺の味方でいてくれる。戯言のような狂言のような俺の言葉を信じて、今日のドライブを取りやめてくれたふたりの姿に……心から救われた気持ちになった。

 相変わらずリビングの窓から見える空は雲ひとつ無い青空で、蝉が羽を休めるようなカンカン照りだけど……必死で泣いて訴える俺の言葉を茶化すことなく聞き入れてくれた。

 ここが夢の中だとしても、俺は大切な家族を災厄から救うことができたんだ。もう、これ以上のことは望まない。

 すっきりした気分でこれからも続いていく普遍の日常を忘れないと胸に刻んだ。





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