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第8話「雨」

 積年の思い、とでもいうのだろうか。ドライブに行かないでくれ、たったそれだけを伝えるだけなのに思わず泣き出してしまって最後は言葉にならなかった。

 この走馬灯が夢だろうが神の気まぐれだろうが、どうでもいい。たとえこれが紛い物だとしても、俺はもう……掛け替えのない家族を失いたくなんてない。


 沈黙するリビング。ダイニングテーブルに着いたそれぞれは次の言葉をどうしようかと選んでいた。

 ジリジリと熱い太陽に炙られた蝉もいまは大人しく、古めかしい壁掛け時計の秒針がチクタクと音を立てていた。

「……奏汰くん、落ち着いた?」

「雨、ねえ……とても晴れてるけど……夕立が来るんだよね?」

 ほとんど半信半疑だろう。だけど俺は今日この日に起こる出来事を知っている。

「うん。予報では触れられてないけど局地的な大雨なんだ」

 まさにピーカンというべき青空へ自然をやって、困ったような顔で姉さんは頷く。

「そっかぁ……それは、怖いね」

 箸で焼き鮭をほぐして口に運び、それを見た俺も食事を再開する。家族の団らんなのに言葉数は少ない。

 姉さんなんかは特に俺の戯れ言が昨日の癇癪の続きなんじゃないかと疑っているのかもしれない。

「昔から……奏汰くんの勘は当たっていたから、降るかもしれないわね」

 気が晴れない俺の様子を窺って母さんが助け船を出してくれた。

 買い物好きの姉さんは家族三人で行くアウトレットモールを楽しみにしていたに違いない。俺だって楽しい休日になるのなら過去を忘れて遊びたい。

「ふう……分かった。奏汰くんだって理由があるんだもんね、私も諦めてあげる」

 姉さんの淡い虹彩がこちらを見る。思わず小さく頷いて謝ると首を横に振って肯定してくれた。

 多少わがままなところはあるが、いつだって姉さんは俺を最優先に考えてくれる。

「雨が降るなら撮りだめのドラマ見なくっちゃね! 今日は忙しくなるぞーぉ」

 明るく軽やかに笑って朝食は終わる。食べ終わった食器を軽く濯いでから食洗機に入れて戻ってくると、姉さんはリビングのソファに座って番組表を眺めていた。

 小さい頃から似たもの姉弟(きょうだい)で何をするのも姉さんの影響を受けてきた俺は十八歳の誕生日まで血縁が無いなんて思ったこともなかった。

 そのぐらい当たり前に姉さんは俺を弟として接してくれたし、母さんだって息子だと慕ってくれていた。

 俺が知らないだけで、ふたりは知っていただろうに……気づかないほどに疑わないぐらいに当たり前の家族を演じてくれていた。

 ……だから裏切られたなんて思ってしまったんだよな、俺。

「奏汰くん……。……昨日のこと、気にしてる……よね」

 番組表を眺めたまま恐る恐る話し掛けてくる姉に申し訳なさを感じる。そりゃそうだ、昨日の俺は『真実』(これ)に激昂して部屋に引き籠もってしまったからだ。

 血縁でもないのに育ち盛りの俺を育ててくれる家族を頭ごなしに否定した。本当に最低なクソガキだ。

 あの頃は酷く気にした真実も、今こうして過ごせる時間に比べれば些細な事だと胸に秘めながら返事をする。

「気にしてないよ。心配してくれてありがとう、姉さん」

「う……うん」

 番組表から視線を外し俺を見つめる姉さんの真っ直ぐな瞳。じっ、と凝視して硬く唇を結んでから「あのね……」と切り出す。

「私も、ママも、奏汰と血が繋がってなくても……家族であることに変わりはないの」

 うん、知ってるよ姉さん。

「だからっ……そこんとこは、安心してほしい」

「ありがとう。こうして冷静になってみれば至極当たり前のことだった」

「う、うんっ! ママも、ママだって奏汰を大事に思ってるからこそ、このタイミングだったと思うの」

 そうだね。いつかは告げなければないないこんな真実を秘めたまま日々を過ごしていた優しい母さんは、どれほど胸を傷めていただろうか。

「うん。それは痛いほど分かるよ、姉さん」

「……っ……うん」

 姉さんが目を丸くする。俺の返答がおかしかったのか? と思ったが返ってきた返事は意外なものだった。

「……って〜か。なーんか急に大人になっちゃってない!? 姉さん置いてけぼりな予感!!」

「んー……そうだね。姉さんは年上らしく歳相応に大人しく振る舞ったほうがいいかもだね」

「と、歳相応ってなによー! もーお!」

 からかわれた姉さんが頬を膨らましてキッと睨んでくる。そうそう、そういう子どもっぽいところがあったんだ姉さんは。

「奏汰くんひとりで大人になろうだなんて姉さん許さないんだからね〜! うあーん!」

 ソファから立ち上がる姉さん。不敵な笑みを浮かべて細い腕で俺にヘッドロックを決める。

「あはは! ギブギブッ!」

 ヘッドロックはそれほどでもないが……暴力的な膨らみを後頭部に感じるなら反応しづらいな。

「おりゃー! 落ちろぉ〜! それワンツースリー! カンカンカーン!! この勝負は姉さんの勝ちっ!」

 ヘッドロックをやめたかと思えば両手を広げての勝利のポーズ。仕事となれば意外としっかり者だが家の中では学生レベルのはしゃぎ方をする可愛らしい女性(ひと)だ。

「そういうとこ変わってないな。黙ってればモテそうなのに男っ気が無い理由はそこなんだぞ」

 仲の良い姉弟のからかいが気持ちいい。顔色を伺うような人間関係では出来ない軽口で姉さんをからかってやるとみるみる顔を真っ赤にして言い訳を始めるんだから。

「も、もも、モテないワケじゃないし〜? こう見えてモテモテだしぃ〜?」

 わざとらしく天井なんかに視線を飛ばしてすっとぼける彼女を可愛いとすら思う。


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