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第32話「理の少女」

 水平線を真下に見下ろし大きく丸い夕陽は一際眩しく輝いている。翼のように両手を拡げ今にも飛び立ってしまいそうな天使の姿に目が眩む。

「見て! とってもキレイなんだ!」

 すごい。確かにすごい。だけど、この少女はこの景色を俺に見せるためにここへと連れてきたのだろうか? いや、普通はそうなんだと思う。だけど、何故だか今この場所に立っているのは《《運命》》のような気がしていた。

「これを見せるために俺を呼んだのか……?」

 誰もいない屋上をパタパタと走る制服の少女。夕陽を背に、不思議な景色の中で舞うようにはしゃぐ天使を唖然とみている俺がいる。

 天使マナは……どこか、人と違う。何が違うとは言いづらいが、夕陽の中で笑っている彼女の姿は……その名のとおり、天使なんじゃないかって錯覚するほどだ。

「こんな夕陽は生まれて二度目だよ!」

「……? 二度目、なら最初はどこで見たんだ?」

 二度目も何も、十八年近く生きてきたなら夕陽なんて何度でも見られただろう。特に今日のような晴天の後の夕焼け空なら数え切れないほど見てきただろう。これが二度目だという天使マナの最初の夕陽はどこだったんだと疑問をぶつける。

「最初の夕陽は生まれた場所!」

 ほら、また、不思議なことを……。いや、天使ならこんなことを言い出しても普通に受け止められる。それが何故だか分からないけど、なんとなく人とは違う振る舞いをする少女が空の高い場所を指さしている。

「生まれた場所……って哲学かよ。で、どこなんだ生まれた場所って」

 右とか左を指してくれれば産院でもあった方向なのかと受け取れるけど、天使は空のてっぺんを指さしてトンデモないことを言った。


「未来!」


 み……未来? いわゆる未来、だよな。頭の中の疑問符が思いっきり表情に出てしまった俺はあまりにもファンタジーすぎる答えに……冷や汗が流れた。

「み、らい……?」

「そう……未来!」

 心臓の鼓動がドンドン大きくなっていく。背中に伝う汗が冷たくて、唇が震えてきて……俺は天使の戯れ言にうろたえる。傍から聞けば子供だましの御伽噺だ。だからこっちも同じように笑って誤魔化してやればいいのに真正面から受け止めてしまう。

「正しくは、未来だった過去……だけどね」

 天使の笑顔が逆光で見えない。未来の次は過去? ほら、笑ってやれよ俺……未来はすでに過去になった? なんて……未来から来たなんて……そんな冗談、他人が聞けば頭がどうにかしたんだと思われるだろ。

「……はは」

 未来だった過去。未来から来た天使。そして、未来から過去(いま)に転生した俺も未来から来たということになる。

「天使、お前……まさか、俺と……同じだっていうのか……?」

 怖い。未来から過去に戻ってきた俺自身も未だに信じられないというのに、いま目の前に俺と同じく『未来だった過去』から来たと宣う少女がいる。

「半分はイエスで半分はノー。ボクが来た未来は奏汰くんの未来じゃない」

「俺とは違う未来……っていう意味か?」

「ううん。ボクは全ての未来からきた」

 すべてのみらい? 俺という個人から見た未来は情けない孤独死を迎えた俺だけの未来だ。だけど天使は俺がいた未来ではなく『すべて』の未来から来たという。

 それは一体どういうことなんだろうか? 天使マナは……何ものだ?

「ここに生まれる前のボクは概念だった」

「がいねん……?」

「想いの集合体、とでもいうべきかな……厳密にいえばまだ概念のまま」

 それはどういう意味だ? 天使の口から溢れ出す言葉は意味が分からないのに嫌ってほど納得している自分もいる。温かくて冷たくて、嬉しいような悲しいような、真逆の感情を秘めた天使の言葉を黙って聞く。

「君が願ったからボクが生まれた。いや、ボクが生まれたことにより君がここに在ることが許された……のかな」

 俺がいるから天使がここにいる? 天使がいるから俺がここにいるのか?

 俺が未来から戻って来られたから天使が? それとも天使が未来から……?

 ……駄目だ。混乱してしまってうまく飲み込めない。

「ま、待て……混乱してきた」

「あははっ! こんなの混乱しちゃうよね。でも、君がいるからボクがいるんだ」

「……? どうしてそれをいま伝えようとしたんだ?」

「夕陽がキレイだったから!」

 やっぱり天使マナの行動は分からない。夕陽がキレイだからって俺が未来から来た事実も天使が未来だった過去から来たという事実も、想いの集合体って言葉も、概念という存在も意味が分からないままなのに……普通なら信じられないのに。

 夕陽の中で一陣の風が吹く。天使が両手を拡げてしっかりと俺を見た。

「さぁ、思いのままに始めよう……失われたボクたちの素晴らしき日々を!」

 天使を包み込んだ夕陽がメラメラと燃えている。

「僕たちは望むままにこの箱庭を改変できるんだ! さぁ、恋をしよう。最初で最後の大恋愛を!」

 沈みゆく夕陽がゆっくりと夜の帳を引き連れてくる。

「君が心に描くあの人を想うことが許された世界……そして、この世界にボクが生まれることを許された世界! ここは、まさに奇跡そのものなんだ!」

 あまりにも神々しい天使に気圧されてしまった。天使の言葉の意味なんて一ミリもわかっちゃいない。それなのに妙に胸の中がザワザワして……腹の底からエネルギーのような力が溢れ出してくる。

「悲惨な未来は過去へと消え去った。だから、悔いの人生をやり直そう!」

 どうして、そんなことを言うのだろう? 俺の背中を押しにでも来たんだろうか? 未来から? それって俺のために……なのか? やっぱり意味が分からない。

「概念だったボクの願いは叶った! 奇跡は君とボクをここに定着させた!」

「待て……意味が分からない」

「いいんだよ。まだ分からなくても。ただ、ボクがここにいて君もここにいる……それだけでとてつもない奇跡なんだってことを伝えたいんだ」

 気圧されて膝を着きそうな俺に天使が近づいてくる。逆光の中からゆっくりと向かってくる天使はなんとも云えない大人びた表情をしていた。まるで全知全能の女神。

 この世界は天使マナという少女が創り出した世界だというのだろうか? 未来を過去に消し去り、過去に戻ってきた俺は……この先の未来を生きることを許されたんだろうか? 言葉の意味は把握できない。だけど、俺はあの悲惨な過去から戻って来られた奇跡を喜んでいいのだということは……感覚的に理解できた。

「……夕陽沈んじゃうね。帰ろっか」

 俺の横を素通りして昇降口へと歩く天使。

「奏汰くーん帰るよー!」

 いつもの明るい天使マナだ。そして、彼女に返事する俺は、独りぼっちで苦しい、惨めな人生から……解き放たれたんだと思う。

 屋上を出て階段を降りる。いつもと変わらないご機嫌な天使の姿に、どう声を掛けていいのか分からないまま俺は不思議な顔をしていたのだろう。

「どうしたの?」

「俺はここにいても……?」

「ボクと君は許されたんだからね」

「それは……神様、とやらにか……?」

 そんなものいるワケがない。少なくとも生前はそう思っていたんだ。だけど、いまこうして未来から来た少女と俺は肩を並べて歩いている。

「……ふふっ。秘密」

「へ?」

「秘密はオンナを魅力的にするんだよ」

「魅力って、お前に女の魅力って……」

 妙に小さくてちんちくりんでガキみたいな少女。並んで歩いていたら歳の離れた兄妹みたいな見かけなのに……そういう言葉は百年早いと突っ込んでシューズロッカーへと向かう。

「さてと、下校はとっくに終わってるからね……守衛さんに見つからないように帰ろうね!」

 何も無かったかのように、天使マナはいつものように笑う。未来から来た俺は、未来だった過去から来た少女の言葉の意味を……帰ってから考えようと胸に留めた。


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