第3話「?」
これも夢だろう。いつも、この部屋から始まる悪夢だ。
弓弦奏汰という人間の始まりの場所であり、そして三十三年にも及ぶお先真っ暗な人生のスタートの場所でもあった。
(手も足も動く。頭だってスッキリしている……これは夢なのか?)
もしかしたら、この部屋を出られるんじゃ……なんて甘い考えがよぎる。この夢を見るのは二回や三回じゃない、ドアの向こうに行こうとして奈落に落ちるんだ。
真っ暗な穴に落ちて胸糞悪い気持ちで目覚めることを何回繰り返した?
「…………」
ベッドから降りる。パイル地のラグを踏む足の裏の感触。ハッキリとした意識。
何度も繰り返した悪夢を最期まで見せられるのかと思うと反吐が出る。だけど、僅かな期待はしているんだ。いつも、いつも、いつも。
ゆっくりと立ち上がる。背骨が軋むかすかな痛み。一歩踏み出す。
動作のひとつひとつ、すべての感覚が鮮明で期待感が増していく。
「…………っ」
心臓が高鳴る。ドクドクと全身に血流を送る目的よりも過剰に跳ねる。生の鼓動を感じながら、悪夢の出口に近づいていく。
喉が渇いた。粘膜が張り付いて水が欲しい。
汗でべた付いた身体が気持ち悪い。
それよりも、なによりも……この先に続く光景をもう一度目にしたい。
悪夢といえど間違いなくここはあの日の家。俺の部屋。あまりの懐かしさに胃がムカついて吐きそうだ。
それでも最期の夢に期待を込めてドアノブを握る。
「……はぁー」
たったそれだけの動作の間、俺は呼吸をするのも忘れていたようだ。息を吐きだして初めて呼吸が止まるほど胸が詰まっていたんだと気付く。
このドアの先は天国か地獄か。ガチャリと回せば足下に空いた真っ黒な穴に呑み込まれるかもしれない。それでも、これが最期なんだ……賭けてやるさ。
……澱んだ部屋の空気を大きく吸い込んで、ドアを開けた。
「……っ!」
開け放たれたその先の光景に目を奪われた。何の変哲もない一軒家の二階廊下だ。たったそれだけの味気ない風景なのに、明り取りの窓から差し込む朝日が光の槍となって俺を貫く眩しさに目が眩む。
ドクンドクンドクン、と心臓が暴れる。廊下の冷えた空気を足下に感じただけで泣いてしまいそうだった。
懐かしい実家の空気をこの身で感じられただけで天にも昇る気持ちだった。悔恨の檻と化していた場所から抜け出せたという達成感に全身が粟立った。
幾度と視たこの悪夢は、この廊下を見ることすら叶わなかったからだ。部屋の外に世界が続いていたことに感動しながらも、俺は蝉の鳴き声に掻き消されそうな物音に気付く。
トントントン、と包丁とまな板がぶつかるなんてことのない早朝の生活音だ。階下から聞こえてくるその音に息ができないほど胸が詰まった。
もしも、階下に降りる階段を進むことができたなら……俺はもう一度会えるのだろうか? 失って初めて存在の大きさに気付かされた大切な……家族に――




