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第24話「アップルパイ」

 急勾配の下り坂がなだらかになった頃、俺はリンゴを追いかけた少女を自転車に乗せて街へ続く道を走っていた。

「ボク自転車なんて始めてだよ!」

「へぇ、珍しいな」

 二人乗りの自転車は軽やかに坂道をくだっていく。風を切って走る俺たちの汗が乾いていく爽快感になんとなく楽しいような気持ちになる。

「あはっ風がくすぐったいっ」

 鼻歌交じりの少女と登校一日目から二人乗り。これが青春なのかは甚だ疑問だが、実に学生らしい時間を過ごしているのだと思う。

「さて、リンゴだったな。季節外れのリンゴか……駅前商店街のフルーツパーラーなら置いてるのかな」

 だったら専門店のほうが扱っているだろうと商店街のほうへとハンドルを切る。

「すごい! ここが街!? ボク街に出るなんて初めてだよ!」

 少女がはしゃぎ、ご機嫌な鼻歌が聞こえる。目的のフルーツパーラーは三階建てのビルなのだが一階テナントが贈答用のフルーツを扱っているショップになっている。

 自転車を停めてそこへ歩いていくと自動ドアの向こう側に陳列されたフルーツを指さして「あるみたいだな」と少女に話し掛けた。


 ……だが俺と少女の手にはリンゴは無かった。


「ううー……予算オーバーだよぉ……」

「まさかリンゴ一個が九百円もするとは」

 いまは学生の体をしている俺だけど生前は一人暮らしが長かっただけに果物の相場ぐらいは分かっているつもりだ。だからこそ季節外れの高級リンゴがこんなにも高いだなんて思うと怯んでしまって少女とともに店を出てしまった。

「あう……お腹減ったぁ……」

 少女は腹の虫をぎゅるぎゅる鳴かせてションボリしている。財布を握っているのは少女なのだから一個九百円でも買わせてやったら良かったのかもしれないが、それだけあればスイカ一玉だって買える金額だ。

「違う食べ物にしたらどうだ? リンゴの旬は秋冬だしな」

「うん、そうする。でもボク、ここに来るのは初めてなんだ」

「ああ、そうだったな」

 ならば、ある程度この場所を知っている俺がチョイスできそうな店を案内したほうがいいか。リンゴが食べたかったのなら近しい食べ物……甘酸っぱくて腹に溜まるもの……。と、商店街を見渡していると手描きの看板に目がとまった。

 期間限定のレンタルスペースの前に置かれた看板には『オーガニックスイーツ』と書いてある。どこか遠くの店が出張販売しにきたらしく、立ち止まる主婦や学生で賑わっていた。

「お、アップルパイならどうだ?」

「アップルパイ?」

「甘酸っぱく似たリンゴが挟まったパイのことだ」

「なんだか美味しそうだね」

 だね、じゃなくて美味しい。と、少女に伝えると平台に陳列されたアップルパイを指さして「じゃあ食べる!」と元気に返事をした。

 転がったリンゴを晩ごはんと呼んでいたからアップルパイ一個じゃ足りないだろうな……それなら、もうひとつ何か勧められないかと陳列を眺める。

「もう一個ぐらい食べるだろ? こっちのカボチャとほうれん草のキッシュなんてどうだ?」

「きっしゅ? それは君も好き?」

「ああ好きだ。サクサクのパイと塩気のあるチーズの織りなすハーモニーは『ザ・フレンチ』って感じがするよ」

「へーっ! じゃあ今夜は君の好きなアップルパイとキッシュにするよ」

 注文が決まった俺たちを店員の女性が朗らかに対応してくれる。二品買っても高級リンゴよりは安いから良い買い物ができただろう。

 レジ袋に入った商品を受け取って少女は嬉しそうにはしゃぐ。今夜の食事が決まったことが嬉しいのか、見ているこちらまで朗らかな気持ちになるような振る舞いだ。

「これで良かったか?」

「うん! 知らない食べ物ってドキドキするっ!」

「知らないのかよ……」

 もしかしてとは思ってたけどアップルパイもキッシュも少女にとっては初めて口にするものらしい。どういう環境で過ごしてきたのか分からないけど、知らないことを知るっていうのは人間誰しも年齢関係無くワクワクしたりするものだし結果良しってことなのか。

「それじゃ帰るか。近くまで送ってやるよ」

「ありがとう! それなら……駅まで送ってほしい」

 駅っていうのは、なだらかな坂の中腹にある学生達の最寄り駅のことだ。停車させていた自転車を取りにいき後輪に取り付けた補助具に少女を乗せると俺たちは傾く太陽を背に走り出す。

 夕陽へと変わりゆく日射しがふたりの影を長く伸ばし、残暑の風がなんとなくノスタルジックな雰囲気の元来た道へと走っていく。商店街と駅は近く、あっという間に到着する。

 レジ袋を手にした少女は軽やかに自転車から降りて「今日はありがとう!」と礼を伝えた。そして「それじゃ、またね」と逆光を受けた少女の横顔が愛らしかった。

 背中を向けた少女も帰ることだし俺も帰ろうと自転車にまたがる。名前も知らない少女との時間がなんとなく楽しかったという記憶が残っていたからか、俺はもう一度商店街へと赴き母さんと姉さんにもアップルパイとキッシュを買った。



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