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第23話「赤い実」

 なんとなく午後の授業をサボってしまった。こんな山の中の学校で授業をサボタージュしたところでやることは何もないんだけどな。

 給水塔の木陰でボーッとケータイ電話をいじくっている。頭の中は春萌初苺のことでいっぱいだった。

(どうして話し掛けたんだろな、春萌さんに)

 正直、後悔に似た虚無感を引きずっている。姉の心臓で生き延びる予定だった少女から提供者を奪ってしまったという現実に打ちのめされている。

 いっそ無視すれば良かったんじゃないか? 俺が望んだのは家族との日々であって、赤の他人の同級生の生死なんて関係無いって割り切ればよかったんじゃ?

 春萌さんが登校しなければきっと思い出すことも無かったのに、いまは……過去に転生してまで運命を捻じ曲げた自分の行動が正しかったのか自信が無い。

 ケータイを握ったまま青空を見上げても答えが見つからない。ただただ青く透き通った空がどこまでも続いているだけ……。

(姉さんが助かったのだから、それだけでいいのに……)

 この後悔はきっと、初めて会話した春萌初苺という少女も母や姉さんと同じように生きていて……そして、この先の人生が在ったはずの少女なのだと理解してしまったからだろう。

 胸がざわついてツラい。答えの出ない思考の迷宮は六限目終了のチャイムが鳴っても脱出不可能なままだった……。


 放課後に入ってから教室に戻った俺は、上履きを下足に履き替えてから駐輪場まで自転車を取りに向かう。ほぼ山頂といっても過言ではない立地に建つこの学校の駐輪場はそれほど広くはない。

 高校入学時に買ってもらった二十七インチのスポーツサイクルを押しながら正門を抜けると、なんとなく乗る気にはなれずに山肌を滑り堕ちる追い風を受けて歩く。

 アスファルトで補整されてはいるが急な勾配が続く通学路は、ある程度坂がなだらかになるまで自転車を押して歩くようにと指導があったな……とブレーキを引きながら坂をくだっていると背面から何かを追いかける少女の声が聞こえた。


「うわああーー! 待って待って待ってぇぇ~~!!」


 なんだ? と振り返るまでもなく俺の足下を複数のリンゴが転がっていった。そりゃもうコントのように。

「うわあっあっあっ! と、止まれ~! 待って待ってぇぇ~~!!」

 リンゴに次いでひとりの少女が勢いよく駆け抜けて行く。走る、というよりは転がり落ちるような加速度だ。

「り、リリリンゴぉぉ~~! 待って、待ってぇ、ああぁぁぁ~!?」

 急勾配を転がっていくリンゴを追いかける少女のセーラー服の襟がひるがえる。どこかの学校だろうか? とも思ったがこの辺りには大学と附属高校のみだ。

 青と白のコントラストが鮮やかなセーラー服にキュロットスカートという出立ちの少女は勢い付いたままリンゴを追いかける。少女の静止も聞かずに急勾配を転がり落ちるリンゴは曲がり角を曲がることもできずにガードレールの向こうに広がる藪の中へと飛び込んでいった。

「あーあ……」

 思わず声が出てしまう。必死になって追いかけたのに間に合わなかったか。そして案の定、勢い付いた少女も止まることができずに……ステーン! と効果音の出そうな転び方でずっこけた。俺はコメディでも見ているのだろうか……。

 自転車を押したまま少女に近づいた俺は、両手を突きだしてずっこけたままの少女の背中に声を掛けた。

「……大丈夫か?」

 一部始終を見ていたからこそ声を掛けないと駄目な雰囲気に手を差し出すと、鼻っ柱を赤く擦り剥いた少女が涙目でこちらを見上げた。

「うう……ボクの晩ごはん~~……ぁぅぅ」

 ボク? 男だろうか? まぁ、それにしては……凶悪に張り詰めたふたつのリンゴを並べたような胸元が別の性別を主張しているようだった。

 小柄な少女は大学生どころか高校生ですら怪しいほどの体格で、一見制服に見える服装もどこの学校の指定服なのか分からずに対応に困る。

 制服があるのなら中等部? ベレー帽からはみ出した透明感のあるショートヘアーに丸い頬っぺた、幼さの残る口許は可愛らしいという印象。

 差し出した手を掴んで立ち上がる少女と俺の隙間に風が通り抜けて、ふわりと石けんのようないい匂いがした。

「うう……リンゴぉ……」

「リンゴは諦めろ」

 ガードレールの先は藪といっても切り立った崖のような場所で、手を伸ばしても回収することは無理だろう。しょんぼりと眉を下げた少女は手のひらで土埃をはたいて藪の向こうを諦め切れない様子で見つめていた。

「また買えばいいだろ……って、この辺だとスーパーマーケットなんて無いか」

 ここの土地一帯は学校施設ばかりだし、食堂に併設された購買に寄ったとしても生鮮食品は扱ってないだろうな。

 山を降りて駅のある街に差し掛かればリンゴぐらいは売ってるかもしれないが……と少女を見やると彼女はまだ恨めしげに藪を見つめていた。

「街に出れば買えるんじゃないか?」

 諦めきれない少女に声を掛けると大きな瞳を輝かせてこちらを見上げる。

「いいの?」

 その声は「一緒に?」というイントネーションだ。どうして俺が見ず知らずの少女とリンゴを買いに行かなきゃならんのだと思いつつも、別に帰路を急いでいる理由もないしなぁ……と承諾する。

「暇だし付き合うよ」

「わ……わわわ……っ!」

 涙目だった小柄な少女は嬉しそうにニッコリと笑う。人好きする懐っこそうな笑顔に思わず……俺も苦笑いを浮かべた。


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