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第21話「同級生」

 我ながら情けないとは思ってる。保健室の白い天井をボーッと眺めながら俺はフラッシュバックの原因をどう処理しようかと葛藤していた。

 春萌初苺は今年のクラス替えで一緒になった。春休み明けの一時間目から体調を崩して早退し、二日か三日経ってから朝のホームルームで自己紹介していた。

『春萌初苺です……よろしくお願いします』

 それが彼女の声を聞いた最初で最後だった気もする。姿は何度か見かけたけど話しかける事もないし、なんというか表情の乏しい子という印象しか残っていない。

 それもゴールデンウィークまでの話。休みがちだった彼女は持病の悪化により郊外の大きな病院に入院したらしい。

 なんでも心臓移植のドナーを待っているとか?

 そんな噂話に他人事ながら「ドナーが見つかればいいな」と同級生の女子に情を傾けたりもした。でも、まあ、こうして春萌初苺を目の当たりにするまで存在すら忘れていたのだから薄情ともいえる。

(春萌さんには姉さんの心臓が使われた。明確な証拠はないけど、そうなんじゃないかって思ってる)

 だがらこそ崩落事故を回避してしまったことで春萌に不利益を与えてしまったんじゃないか? と気分が悪くなってしまう。

 それって、俺の選択が春萌さんの希望を消してしまったんじゃないかって……。

(……考えても仕方ない)

 そう、仕方がない。結局は堂々巡りの袋小路に終わるのだ。それならば、春萌さん本人に探りを入れるしかあるまい。


 キーンコーンカーンコーン。

 一時間目終了のチャイムを耳にし倒れは保険教諭に礼を告げて教室へと戻る。

 その途中、春萌さんとすれ違ったが休憩時間も短いことから呼び止めることはできなかった。それでもどこかにチャンスはあるだろうと気を取り直し、次の授業の支度をした。

 ……二時間目三時間目と時は進み、学生の時間は昼休みに突入する。

 教室のある学習棟から中庭を通って食堂のある方向へと歩く。普段は母さんが弁当を持たせてくれるのだけど、まだまだ暑い日が続いているからと食中毒リスクを減らすためにも小遣いとは別に昼食代を与えられている。

 この学校は食堂があるからか話で聞くような混雑はしていない。早めに到着してしまえば商品も潤沢にあるから焼きそばパンとカツサンドを買う。

 さてと、どこで食べようか……。仲の良い同級生なんて存在はいないから教室に戻っても虚しいだけ、それなら屋上が開放されているのを覚えていたから山からの展望を楽しみつつ日陰でまったりと過ごそうと階段を上る。

 購買の紙袋を手に階段を上っていく。中央階段から屋上に出れば街を見下ろせる展望が広がっていた。

(陽が高いな……日陰が残ってるといいんだけど)

 まだまだ夏の名残が強い日射しに目を細めて日陰を探す。この屋上には生徒たちが過ごせるようにベンチが設置されているけど、さすが人気の穴場スポットというべきか……どこもかしこも満員御礼といった状態だ。

 仕方ない、と給水塔の上でも狙うか? とタンクに近づく。すると……そこに見覚えのある少女が涼んでいた。

「……はむ……っ」

 レジャーシートの上に座って、ラップに包まれたコッペパンを頬張る春萌初苺。傍らにはジャムの瓶がある。

「はむ……もぐ……」

 可愛らしいバスケットからギンガムチェックの布がはみ出していて、その中に小さなコッペパンがちょこんと並んでいる。一口で終わりそうな小さなジャムの瓶はみっつある。

 なんだか、ピクニックのような風景に俺は目を奪われてしまった。

「……は、む……?」

 春萌さんがこちらに気付く。俺の顔を見てコッペパンをかじるのを止める。邪魔、しちゃったかな……? と思いながらも、今朝の気持ちの整理をするチャンスかもしれないと勇気を出して話し掛けてみた。

「春萌さん……だよね?」

 少女は動きを止めたままこちらを見ている。表情変化が乏しいのか、その顔に感情は浮かんでいなかった。どうしよう、話し掛けないほうがよかったかな……。

「……弓弦くん」

「え、覚えてくれてたんだ」

 意外だった。彼女を見掛けた記憶は片手で数えたら終わってしまいそうなぐらいには少ない。こちらが病弱の少女を覚えているのは過去の因果だとしても、彼女が俺を覚えてくれていたことに驚きを隠せなかった。

 全方向から聞こえてくる蝉時雨の音が大きくなる。心臓がドクドクと跳ね上がった。だって、俺はこの子にいい印象は抱いていない。姉さんの命と引き換えに生きることを許された過去の君を恨んでいた。

 だけど、いまは違う。違うのかもしれないと……春萌さんに話し掛ける。

「……陽が高すぎて日陰がなくて、お邪魔じゃなければ……隣、いいかな」

「うん……どうぞ」

 彼女はレジャーシートの上から少し横にずれる。これって、俺も座っていい……ってことなんだろうか? 傍らのジャムが光を吸ってキラキラ輝いている。

「お邪魔します」

 隣に座ると春萌さんの小ささにビックリする。まるで子どもみたいな、本当に小柄な女の子だ。

 リボンで飾られたツインテール、眉で切り揃えられた前髪。日焼けから肌を守るためなのか長袖のシャツにベージュのベスト、制服のプリーツスカートが可愛らしい。

 肌は白く、唇はほんのりと桃色で、コッペパンをかじるときに伏せた睫毛が長く美しい少女だ。

 春萌さんは、どうやって生きていくんだろう? そんなことを聞けるはずもなく、俺は彼女に何を話せばいいのかと考える。日陰とはいえ少し暑い屋上だけど爽やかな風が吹いていた。


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