第20話「春萌初苺」
ミンミンミンミンと蝉の求愛が喧しい9月の朝、久しぶりの自転車で住宅街を走り抜ける。
細い路地を曲がって大通りに出れば一級河川が目の前に広がっていた。
(懐かしいなあっ)
変速ギアを切り替えてペダルに負荷をかけるとシティサイクルはマウンテンバイクにも負けないスピードで車道をひたすらまっすぐに突き進んでいく。
まだまだ残暑は厳しく、日光に炙られた背中はじわりと汗で濡れるけど風を切って走るのは気持ちが良い。大きな橋を渡りきってしばらく直進して、そこから坂道の多い場所へと向かっていく。俺の通う学校は坂道の先にあって、もともとは山の上に建てられた全寮制のお嬢様学校だったとこだ。
颯爽と自転車で坂の手前に差し掛かると反対車線のほうから同じ制服の学生たちがぞろぞろと一方向に向かって歩いていく。
最寄り駅にしては距離があると感じなくもないが、ここからは本格的な傾斜になる。
俺はスピードをギアに乗せて上れるところまで走ろうかとも思ったが、夏休みのぐうたら三昧で一学期ほどの体力は無かったようだと大人しく自転車を押して歩道を渡り制服の群れへと混じっていく。
山あいには住宅地が広がり階段状の土地に個性的な家々が立ち並ぶ。建て売りの戸建てでは見られない風景だと懐かしむように風景を楽しむ。
「ん?」
そんな中で違和感に目がとまった。
(あれは……?)
日傘を差した少女の姿。ここが通学路じゃなければ違和感は抱かなかっただろうか? いや、制服に日傘という組み合わせが珍しいわけではない。俺は俺の記憶の中から違和感の正体を探った。
手足は細く小柄な体格。ストレートの髪をツインテールにまとめて細いリボンをあしらった少女。
登校日から重たそうなスクールバッグと白い日傘、だがそれも違和感の正体ではないだろう。そうなると、何故——
「あ……」
思い出す。彼女はクラスメイトの女の子だ。登校日にこうして通学しているのも、この学校の学生だからだ。
名前は確か、春萌初苺
俺と同じ三年生だ。彼女が学校に来るのは珍しい……何せ一年の頃から病欠が多く、クラス替えの自己紹介のときに知ったのが重度の心臓病ということだった。
今日は体調がいいのだろうか? いや、そうじゃない……俺の胸がざわついている。気づいてはいけない何かが背後に立っているような気配がして冷たい汗が背中を流れる。
彼女は、あの日の崩落事故で亡くなった姉の心臓移植で一命を取り留めたんだ。そして、その手術を終えた彼女は……今日この日、登校していなかった。
春萌初苺の命を繋いだ心臓が姉さんのものだと断定はできない。でも、当時の今日この日、彼女は登校してこなかったんだ。
……もし、もしも、彼女を命を繋いだ心臓が姉さんだったら、いま目の前で息を切らして坂を上る彼女の心臓移植はどうなった?
「……あ」
視界がぐらりと揺れた。頭がクラクラして吐き気がする。思い出すなと心で命令するも記憶は鮮明にあの日をフラッシュバックした。
遺体と一緒に帰ってきた姐さんの免許証。裏面の臓器提供を同意する項目にチェックが入っていた。
もしも、もし、本当に春萌初苺が姉さんの心臓を待っていたのなら……彼女はどうなるんだ?
「……っ」
酷い目眩と冷や汗が襲い来る。足早に校舎へと向かった俺は教室ではなく保健室で休むことになった。




