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第2話「朝」

 ミーンミンミンミンミー……。

 ミーンミンミンミンミー……。


 蝉だ。毎年毎年盛況なこったと悪態をついて目をひらく。

「ぁ……ちぃ~」

 汗で濡れた背中が不快で寝返りをうつと硬直していた体の節々がギシギシと痛んだ。あれ? 痛い? 新鮮な感覚に鈍った脳味噌が動き出す。

(俺……死んだんだよな……?)

 真っ暗闇に霧散した筈の意識はエッジの効いた輪郭を保っている。ふわふわと無重力を彷徨っていた感覚も肉体という不自由な器にかっちりと填め込まれてまさに五体満足だ。

(え? え!? まさか九死に一生を得た……?)

 この状態を一言で表すのならば奇跡そのものだ。宝くじの下位賞すら当たったことのない一生を送ってきた自分には到底信じられることではない。

(だってなぁ……奇跡は起こらないから奇跡って云うんだ、うん)

 試しに指先を動かしてみる。動く。俺の魂は再び肉の器に装填されたようだ。

 嬉しい気持ちが溢れだす。そりゃ生きるってことは、また生きるための理由を探し続ける人生を再開するっていう意味もあるのだろうけど……まずは助かったことだけでも今は喜びたい、とは思う。

(ネガティブすぎるのは理解っているんだけどな……)

 そりゃ、助かった命なのだから素直に喜べばいいのだろうけど。正直な話、俺の人生は詰みゲーなんだ。

(取り敢えず……ここは、どこだ? 病院……?)

 だと困るなぁ、保険料が払えなくて保険証の有効期限が過ぎているんだよな。救急搬送の十割負担ってどのぐらいの金額になるのやら……気が滅入ってくる。

 鬼が出るか蛇が出るか。取り敢えずは状態を確認しようと目蓋をひらいた。

「……ん?」

 たぶん、こういうとき、最初に思うことって「ここはどこだ?」っていうことなんだと思う。だけど俺は意外にも見慣れた風景に驚いてしまった。

 天井に張り付いたシーリングライト、窓際には買ったばかりのエアコンが取り付けられていて、小型のサーキューレーターが水色のカーテンを揺らしていた。

(なつかしい……)

 そう感じてしまったのは見覚えのあるポスターに学習机、オブジェの一部になってしまったアコースティックギターまでもがそのままで、こんなことがある筈が無いだろうと混乱を覚える。

(だって、ここは、俺の家……じゃないか……)

 築八十年のボロアパートじゃない。俺の思い出が全部詰まった場所だ。

 だけど、そんな筈がないんだ。この場所は売り払われて更地にされて、きっと今は外観すら分からない家が建っている筈なんだ。


 それは三十三年前の夏。

 誕生日の朝。些細な口喧嘩から俺は家族を失ってしまった――


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